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第109話 ブラックダイヤモンド *「クリスマス・イルミネーション」番外編

 巨大なクリスマスツリーを見上げて、智哉がはしゃぐ。 「写真、写真撮らなきゃ。」そう言いながら俺の腕を引っ張り、ツリーを背にしてツーショットの自撮り。こういうノリは苦手だったはずの俺だが、智哉とのつきあいも早いもので5年目、さすがに慣れた。 「てっぺんまで入ってないよ?」ツリーが大き過ぎるのだ。 「いいのいいの、雰囲気だから。」智哉は構わず写真を撮る。にっこり笑顔に白目を剥いた変顔まで、百面相をするたびに画像は増えているのだろうけれど、撮るタイミングを教えてくれないから、俺のほうの表情はきっとツーパターンしかない。もっとも、「はい、チーズ」などと言われたところでツーパターンがスリーパターンになるぐらいのことだ。 「よーし、じゃあ、次はショッピング。」 「は? まだ買うのか。」  昼間も散々買い込んでいたはずだ。智哉が大学在学中に起業した会社は順調らしく、この若き社長は羽振りが良い。金持ちと言えば札束がぎっしり詰まっている財布を想像するしかできなかった俺だが、真の金持ちはキャッシュなど持ち歩かないということを智哉から教わった。 「クリスマスセールだよ? 昼間のは自分の服とかカバンだけだし、明日帰国なのに、一番大事なプレゼントがまだ買えてないし。」 「な、それって、もしかして俺のプレゼント?」 「当たり前でしょ。」 「いや、いいから、要らないよ。こんな……シンガポール旅行連れてきてくれただけで充分だし、そんなにしてもらっても俺、返せない。」 「だーかーらー!!」智哉は思い切り俺の背中を叩いた。厳しいリハビリを乗り越えて、すっかり良くなった智哉の身体。むしろ筋力つきすぎて、こんなふざけ半分の行為でも結構痛い。「今回のこれは仕事のついでなんだから、つきあわせてごめんって思ってるし、来てくれて感謝してるんだってば。本当はクリスマスに商談なんかしたくなかったのにさあ、あのチャイニーズめ。」 「今回の相手は中国人なのか?」 「中国とアメリカのハーフで、マレーシア国籍で、シンガポールに住んでる華僑。日本に留学してたことあって日本語話せるから日系企業に現地採用されたんだってさ。」 「ややこしいな。でも、日本語通じるんだ。」 「たぶんね。僕は英語でしか話したことないけど。」 「はあ、ついていけねえなあ。」 「ついてこなくていいよ。」  智哉は笑いながら俺と腕を組む。と思いきや、すぐにその腕を引っ込めた。いつもなら、人前でいちゃつきたがる智哉と、それを嫌がる俺、それを面白がってますますベタベタしてくる智哉……という風になりがちなのに、珍しいこともあるものだ。 「瞬のことは、僕が追いかけてるんだから。」 「なーに言ってるんだか、社長さん。」 「そっちこそもうすぐ店長でしょ。」  そう。来春、俺は店長になる。その昔、アルバイトしていた喫茶店だ。グレた俺が立ち直ろうとした時、誰からも相手にされなかった不良の俺に最初に手を差し伸べてくれた人、その人こそが、その店の主だ。  その人が高齢を理由に引退を決め、俺に後を継がないかと言ってくれた。バイトの時だって散々迷惑をかけ、しまいには智哉のことである日突然バックレた形でやめて、不義理なことこの上なかったのに、だ。ずっと気にはしていたのだけれど、ようやく謝罪に行けたのは去年のこと。迷惑料の代わりに休日に手伝いをするようになり、徐々に仕事を覚えたところに降って湧いてきたのがこの「後継者」の話だった。  高校を中退していて、これといった資格もない俺だ。職も転々としていて、正直、今更ろくな就職口はない。その日暮らしでもなんでも俺一人ならどうでもいいことだけれど、智哉をそれにつきあわせるわけにはいかなかった。それが店長への恩返しにもなるのならという気持ちもあり、悩んだ末にその話を受けることにした。  そしてもう一人、謝罪と恩返しが必要な人がいた。俺の母親だ。女手ひとつを育ててくれたこの人に、俺は苦労をかけるだけかけて、ついには倒れさせてしまった。今は田舎に引っ込んでのんびりと過ごしている。できる限りの仕送りはしているけれど、それだけで食べて行けるほどではなく、かけた苦労を考えたら親孝行には程遠い。 「でも、クリスマスなのにあったかいのって不思議な感じだよね。」  智哉の声にハッと我に返った。こんな異国の地で恋人とクリスマスを過ごしていながら、思い出すのは母親や老店主のことだなんて、と自分で自分がおかしくなる。 「智哉。」今度は俺のほうから手を伸ばす。が、智哉は微妙に硬い笑顔を見せて、それを断った。 「あのね、シンガポールってゲイに厳しいんだ。だからあんまり、そういうのは。」 「え……。」 「こんなに進んでる国なのにね。」智哉は周りを見回す。街はどこもド派手なクリスマス・イルミネーション。水着姿のサンタ人形などもあって笑いを誘う。 「そうなのか。」 「でも、楽しいよ。2人でいられれば。」智哉はいつだって前向きだ。 「智哉。」 「ん?」 「あの、さ。」 「どうしたの?」 「日本に戻ったら、俺、の……。」 「瞬の?」 「おふくろのところに、一緒に行ってくれないか。」 「……。」 「やっと、言えるから。こんな俺でも一国一城の主になれそうだって。おふくろのことも、もっと楽にしてやれるって。それから。」俺は智哉の正面に回り込んだ。「一生一緒にいたい人だって、紹介したいから。」 「瞬。」 「ごめんな、今まで俺がフラフラしてたから、こういうことが遅くなって。智哉のご両親にはとっくに認めてもらってたのに。」 「……もう、なんで、瞬ってそうなんだろう。」智哉が不服そうに唇を尖らせた。予想外の反応だ。 「あ、ごめん。いやだったら無理にとは。」 「違うよ。」ますます不機嫌だ。 「ごめん、智哉、無理強いする気はないから。」 「違うってば。」智哉はスタスタと歩き、そして、急に立ち止まった。「あのねえ、本当はね、もうとっくに用意してあんの、瞬へのプレゼント。」 「は?」  瞬はバッグをガサゴソを探る。「はい。」差し出されたのは、小さな箱。 ――こういうのは、ドラマとか映画とかで見たことがある。  有名なジュエリーのブランドロゴの入った小箱をそっと開ける。 「日本にいる時にオーダーして、今日の昼、ショッピングの途中で受け取ったの。瞬は店に入ってくれなかったから、ぜーんぜん気付かなかっただろ。ま、おかげでサプライズしやすかったけどね。」  アクセサリーショップなんて気恥ずかしくて入れなかったのだ。「お母さんへの土産」と言っていたはずなのに、真相はこれだったのか。 「ごめん、智哉、俺、店長になるったってこれからだし、貯金とか全然。」 「そういうのもういいって何度言ったら分かるの。これはね、ぼ・く・が、したかったことなの。ホテルに戻ったら瞬にこれ見せて、そしたら瞬がウワーッて驚いて、智哉ありがとうってハグして、それでラブラブってなる予定だったの。なのにさ、なのに。」 「……ごめん。」 「僕のほうがサプライズされちゃった。」 「ん?」 「こんな指輪より、瞬のお母さんに会えるほうが、ずっとすごいに決まってるじゃないか。」  智哉が洟をすすりあげる音がした。ああ、確かに、思い切りハグしたい。したいけど、ここはクリスマスの夜を楽しむ人々が行きかう路上。 「智哉、ホテル、帰ろ。」 「……うん。」  ホテルの部屋で、俺達は互いの指に指輪をはめた。シンプルなゴールドのリング。はめる瞬間に、リングの内側が光ったように見えた。そこで手を止めた俺に、智哉がクスクスと笑って言った。 「気がついた?」 「なんか、光ったような。」 「そうなんだよ。」智哉は自分の指輪を俺の目の前にかざす。「裏石って言ってね、リングの内側に宝石を埋め込んであるんだ。これなら瞬でもそんなに抵抗ないだろ?」 「うん。……それに、二人だけが知ってる秘密って感じでいいな。」 「そう、そうでしょ。」智哉は心から嬉しそうに笑う。 「でもこれ、見たことないな。なんて宝石?」 「ダイヤだよ。ブラックダイヤモンド。」 「へえ……。」 「いいから、はめてよ。」 「ああ。」  差し出された智哉の手は、顔に似合わずごつくて大きい。かつてピアニストを目指していた時は、こういう手こそピアニスト向きなんだと自慢していた、手。今はもうピアノを弾くことはないけれど、あの時も今も、ずっとずっと愛しくてならない智哉の手。  その手の薬指に、俺は指輪をはめる。その次には、智哉が、俺に。 「では改めて。瞬、ずっと僕と一緒にいてください。」智哉はベッドの上で慣れない正座をして、俺に頭を下げた。 「はい。こちらこそ、ふつつか者ですが、これからもよろしくお願いします。」俺も真似をして頭を下げると、タイミングの悪いことに顔を上げようとした智哉の頭と俺の顎がぶつかった。「いってえ。」 「イタタタ。慣れないことするもんじゃないね。」智哉は足を崩した。 「まったくだ。きっとこれからもこんな調子だけど、よろしく。」 「うん。」  にっこり笑って、目を閉じる智哉の唇に、キスをした。互いの唇が離れると同時に、俺達は言った。俺達にとっての、始まりの言葉。このブラックダイヤモンドと同じ、二人だけの秘密の合言葉を。 「メリー、クリスマス。」 ------------------- 3年前の今日、11/8に「クリスマス・イルミネーション」をfujossyさんに初投稿しました。 私の創作の原点です。 「クリスマス・イルミネーション」 https://fujossy.jp/books/189

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