124 / 157

第124話 お浸し

【はじめに】 非BL作品。女性メインです。ショタ涼矢が一瞬出てきます。 登場する「勢津子」は「その恋の向こう側」の涼矢の母方(深沢家)の伯母です。涼矢の祖父(故人)は正妻との間には子ができず、複数の愛人にそれぞれ子を産ませており、子世代は全員「異母」の兄弟姉妹です。年齢的には勢津子が一番上ですが、その母親は芸者をしていて、芸者引退後は涼矢の祖父の援助で小料理屋を持たせてもらい、深沢家の後継者争いには参加することなく母娘二人でひっそりと暮らしていました。が、祖父の遺産相続をきっかけに一族にその存在が明かされました。そんな経緯のせいで、一族間の彼女の扱いは微妙なものとなっています。また、ずっと母親の小料理屋を手伝っていたので料理上手です。 では、本文はこの下よりどうぞ。 ---------------------- 「あら、随分と贅沢に切るのねえ。もったいない」  また始まった、と勢津子は吐息をつく。皮肉を言うのは腹違いの弟の嫁。実質弟がこの家を継いでいるから、嫁まで威張っているけれど、口から出てくる言葉は皮肉か愚痴か悪口だけのつまらない女だ。本家の集まりはこれだから嫌だ。 「お浸しですから、葉のところだけ切り揃えた方が見栄えが良いでしょう。根に近いのは後で私のお味噌汁にでも入れますからお構いなく」  妾の子として日陰者だった自分はあまりしゃしゃり出ないようにはしているが、この義妹だけはどうにも苛つくのでつい言い返してしまう。  妾の子、と言っても、父と本妻との間はこどもに恵まれなかった。つまり、兄弟姉妹はみな私と同じく「妾の子」だ。長子の私ではなく弟が継いでいるのは、彼が「男だから」というだけの理由に過ぎない。古き悪しき家父長制そのままの旧家にいるとタイムスリップでもした気になる。 「ほうれん草はね、根のほうが鉄分豊富なんだって」  低い位置から声がする。ぎょっとして振り返ると、義妹の息子がいた。この「義妹」は、これもまた腹違いの妹。彼女はさっさと田舎を捨て、都会の大学を出て、弁護士をしている。さっぱりとした性格は嫌いではないけれど、あなたばかりずるい、と思ってしまう自分が嫌だ。  その息子、つまり私の甥の名前は涼矢。ええと確か去年入学祝いをあげたから、今は小学ニ年生かしら。体が弱いようで、あまりこどもらしくはない。義妹譲りか頭の回転は良くて、たまにこんな生意気な口を挟む。この子もどうせこんな田舎は疎んじて、じきに顔も見せなくなるのだろう。 「涼矢くん、よく知ってるわね」  とりあえず褒めておく。 「おばあちゃんが教えてくれた。昨日、おせち作るの手伝ったんだ」  かつて絶対君主だった父は死に、本妻だけが残っている本家。彼女がいるから年に一度だけ、子世代孫世代が顔を揃える正月。どの子ともどの孫とも血のつながらない母だけが、この家を辛うじてつなげている。  そんなことを思いながら、勢津子はほうれん草を固く絞った。 ---------------------- 「即興小説トレーニング」 お題:女同士の家事  時間:30分 指定されたお題で、制限時間ありの即興で小説を書くというウェブサービスで書いた作品です。転載時に誤字脱字を修正しています。 誤字脱字も含めたオリジナルは下記から(随時増えていきます) http://sokkyo-shosetsu.com/author.php?id=861962344959582208

ともだちにシェアしよう!