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第126話 恋と魔法

 まるで魔法のようだった。  目尻にすっと引かれたアイライン。ほんのすこしの光沢を含んだヌーディーカラーの口紅。 「慣れてないと、ついやりすぎちゃうんだよね」  君の言うとおりだ。さっき試しに自己流でやったメイクはひどかった。ブルーのシャドウに真っ赤っ赤なルージュを塗りたくったその顔は、さながら妖怪。それが君の手にかかるや、見る見るうちに美しく変わっていく。  メーキャップアーティスト。そんな職業の存在も知らなかった俺に、君は「まだ卵にすらなってない」と笑う。その夢を目指した理由を聞いたら「どんな人でも魅力はある、それを引き出す手伝いがしたいんだ」と。きれいごとを言う君に「じゃあ、俺を絶世の美人にしてみろよ」と煽ったことに深い意味はない。君に触れてもらいたかっただけ。 「さっきと全然違う」 「このほうがいいだろう?」 「うん、ずっといい」 「自分に惚れるなよ?」  鏡越しに君の表情を窺いながら思う。言われるまでもない。いくら素晴らしく極上の美人に仕上がったとしても、自分に惚れやしない。  ただ、君の好みの顔に仕上がっていればいいと思う。 「こういうタイプが好きなんだ?」  冗談めかして聞いてみる。 「好きっていうか、おまえの骨格とか、肌の色味に合わせるとそういうのが似合うと思ったから」 「なーんだ」 「なんでガッカリするの」 「絶世の美人にしろって頼んだだろ? ああ、そうか、ベースが俺の顔じゃ限界があるってことか」 「充分、絶世の美人に仕上がったと思ってるけど?」 「でも、好きじゃないんだろ?」 「そりゃそうだ、だって僕、別に絶世の美人が好みってわけじゃないから」 「え?」 「結局、どっちなわけ? 僕の好みの顔にしてほしいの? それとも、絶世の美人?」 「……おまえの好みの顔」 「じゃあ、こうだ」  君はクレンジングクリームを俺の顔に塗りたくり、せっかく施したメイクを拭き取った。それから再び化粧水で整える。さて、今度こそどんなメイクになるのやら。  だが、君はパフもブラシも持つことはせず、手を俺の両肩に置いた。鏡に映るすっぴんの俺に言う。 「できあがり」 「……え」  きょとんとしてる俺の顔。 「あのさあ、僕、変に意地悪だったり煽ってきたりするときのおまえより、いつものその顔が世界で一番好きだから」 「い、意地悪なんか……」 「してるだろ。まったく、好きな子いじめるなんて、小学生じゃあるまいし」君は俺の耳元で囁く。「どうしたらもっと優しくなってくれるのかな?」  たちまち真っ赤になっていく自分の顔が恥ずかしくて、鏡から目を逸らした。そして気づいた。君の顔も負けず劣らず赤くなっているじゃないか。  俺が顔を近づけると、君は目を閉じた。  このまま君の唇に触れることができたら、明日はきっと優しくなれる。 -------------------- 古池十和さんには「まるで魔法のようだった」で始まり、「明日はきっと優しくなれる」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば8ツイート(1120字程度)でお願いします。 #書き出しと終わり #shindanmaker

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