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第136話 比翼の鳥は巣籠もらない ( for 結月みゆ様) *二次創作

 文字通りの臭いメシを食いながら、あの馬鹿を思い出す。  初めて顔を突き合わせた頃、俺は二十歳やそこら、あいつはまだギリ十代だったが、一見もっとガキに見えた。そのくせ俺らチンピラに輪姦(マワ)されてる間は手練れの熟女みてえな面して喘ぎやがって、穴さえありゃ腰を振るこっちのほうが年中(サカ)ってる馬鹿犬だと言われてる気がした。  俺はあいつを見るたびに腹を立てていた。何が気に食わなかったのか今でもよく分からねえ。そもそも気に入ってるとこのほうが少ない。いつまで経ってもカタギか極道か覚悟決めようともしねえ。義理堅いのか何の執着もないのか、疑り深いのか行き当たりばったりなのかもはっきりしねえ。なんもかんもに白黒つけようとしないあいつを、俺はどう扱ったらいいのか分からなかった。その苛立ちを知ってて絡んできやがるんだから始末に負えねえ。  俺があいつに訊いたんだ。  俺を含めた馬鹿犬共のザーメンにまみれて、雀荘の床に転がってた頃の話だ。あん時ぁ確か二人きりだった。ひとしきりあいつに突っ込んで気の済んだ仲間らは、気ぃ失ったみてえに全裸(マッパ)で倒れてるあいつをそのまんまにしてメシか何かに出て行ったが、俺はどうもそんな気になれなくて残ってた。だからって別にあいつを介抱したわけでもない。ただ締め切った雀荘はヤニと埃と整髪料の匂いでただでさえ臭いってのに、そこに加わったザーメンの匂いが我慢ならず、気付けがてら体を拭いてやろうと布巾を絞った。  あいつの近くに立ったら、なんのこたぁねえ、目ぇ開けて顔の前を這ってる蟻なんざ見てるじゃねえか。  無性に腹が立った。  そんな悟った顔して蟻んこ見てる場合か。こんな場末の雀荘でヤクザの下っ端に散々犯されて、頭の先から足のつま先までどろどろにされて、なんでそんなきれいな顔してやがるんだ。  俺は手にした布巾をあいつに放り投げ、体を拭けと言った。「雑巾か」と返されて、また腹が立つ。何枚かあった布っきれの中で一番きれいなやつを選んで、わざわざ洗って渡してやったってのに。 ――だってお前は、きれいで、こわれものみたいだったから。  最初に連れ込んだのが誰だったか覚えちゃいねえ。俺らがたまり場にしてた雀荘にいつの間にかあいつはいて、俺らは暇つぶしみたいにあいつを抱いた。いいや、抱いたなんていいもんじゃねえ。八つ当たりみたいに、ヤニ吸うみたいに、ションベンするみたいに、あいつにどうしようもない不満やら衝動やらを吐き出したんだ。  あいつはあいつでもっといたぶれとせがんだ。もっと激しく、痛くしろと。しまいにゃ煙草を押し付けろとまで。こっちだって当然ぶん殴るのも怪我するのも慣れちゃいるが、殴るのは痛がらせるのが目的じゃねえし、したくてする怪我なんかあるわけねえ。 ――だから俺は、お前を傷つけることができなかった。  怖がらない奴ほど怖い奴ぁいねえ。壊れることを恐れねえ奴を壊すことはできねえんだ。  あいつはなんもかんもが曖昧だった。カタギかヤクザか。生きたいのか死にたいのか。男が好きなのか、痛えのが好きなのか。  それで俺は訊いたんだ。 「なぁ、お前、男に惚れたりすんのか。女になりてぇとか思うのか」  あいつは女になりてぇとは思わないと言った。男とヤルのに苦労しないからいいなと思うだけだと。それから、惚れたりすんのは「もういい」と。  俺は腹が立った。 「もういい」ってのは、誰かに惚れたことがあるってことだ。この男が。この、何ひとつカタぁつけようとしねえ投げやりな淫乱が、一度は誰かにマジ惚れしてたってことだ。  その相手が誰かなんて知ったこっちゃねえ。だが、俺じゃないのは確かで、そのことに俺は腹が立って仕方なかった。 ――なんだよ。そんじゃまるで俺がお前にマジ惚れしてるみてぇじゃねえか。  俺は女が好きだ。わざわざ言う必要もねえはずのそんなことを、俺は自分に言い聞かせなくちゃならなかった。あいつのせいで。野郎のケツより女のがいいに決まってる。ただ、たまたま近くに後腐れなく遊べる淫乱猫がいりゃ突っ込んだってバチは当たらねえだろう、こいつとヤルのはそれだけの意味でしかねえ。毎度毎度そんなことを頭ん中で唱えてからじゃねえと抱けなくなってた。 ――お前が女なら。せめて、お前が女になりてぇと言うのなら。俺はお前を「女の代わり」じゃなく、「お前」として、抱けんのになあ。抱いて抱きつぶして、他の奴には指一本触らせねえで。  薄汚くて、したたかで、図々しくて、淫らなあいつを。  きれいで、弱くて、儚くて、誰にも媚びないあいつを。  俺だけのものにしたかった。  惚れたりすんのは「もういい」と、あいつは言った。あいつは誰のものにもならない。俺のものにも、親分(おやじ)のものにもならない。男でも女でもいい、生きたいわけでも死にたいわけでもない、そんなあいつが白黒つけたのは「もう誰にも惚れない」、それだけだ。そんならいい、そんなら俺のこの気持ちもただ静かに埋もれていくだけだ。そのうち腐って消えてなくなるだろう。  そう思ってたのに、あの男。重戦車みたいなあの野郎が現れてから、ちっと風向きが変わったみてえだな。  だが、なんでだろうな。あの男にゃそう腹は立たねえ。あいつが「惚れたり」を諦めた原因にはあんなにムカついたってのにな。  多分、俺が刑務所(ムショ)に来る直前の、最後に見たあいつがやけにいい顔だったからだな。ありゃ誰かのために腹決めた男の顔だ。あいつに「誰かのために」って思える相手ができたなら、悪くねえよ。それが俺じゃねえのは想定済みだ。俺は俺のために死ぬようなあいつは見たくねえ。俺はあいつを守りたかったんだからよ。けど、あいつは誰かに守られるタマじゃねえんだから仕方ねえ。  俺はクソ不味いメシを食い終わる。背後で誰かが騒いでやがる。大したことじゃねえ、汁物こぼした、誰か雑巾持ってこいだの言ってるだけだ。  ザーメン拭いた布巾を見ながら、この雑巾みたいに扱ってくれ、と言ってきたこともあったな。  雑巾じゃねえっつってるのによ。  雑巾なんかじゃねえのによ。 (了) ----------------------------------------- *iqイケそな正解者景品作品 リクエストお題「ヨネダコウ先生『囀る鳥は羽ばたかない』の二次創作」 二次創作書いたのは初めてです。何かと勘弁してください(笑) 画像版はこちら。縦書きなのでまた少し雰囲気違うのでは。 https://fujossy.jp/notes/23093

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