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第138話 会議は燻(くゆ)るよ されどすすまず ( for 蜜鳥様)
「え、でもそれ、子会社 が担当って話でしたよね?」
「先方からのご要望で親会社 で引き取ることになりました」
エキサイトする俺とは対照的に、親会社の営業課長が淡々と言う。俺より年下だが、社内きっての切れ者という噂で、現に最短距離で課長職に就いた若きエリートだ。
「いや、しかし、明日にもウチが先方に出向いて正式な契約書を交わすことになっていたはずです」
「それもこちらでやりますので、大丈夫です。話も通してあります」
「クライアントが先でウチは後回しですか」
「今説明した通りです。もちろんそちらには相応の費用をお支払いします。ああ、保守は引き続きそちらで受け持っていただくというのでよろしいですよね?」
彼が隣席の営業部長に伺いを立てると、部長はおもしろくなさそうながらも頷いた。しかし、俺が不満なのはそういうことではない。
「あの、損得の話ではなくてですね」
その瞬間、営業部長が俺を睨みつけた。親の決定に子が逆らうな、という目だ。俺は隣のウチの課長を見る。そうするまでもなく分かっていたことだが、うつむいて脂汗をかいている。俺の味方などしてくれるはずもなかった。俺は「分かりました」と言い、座った。その先は一言もしゃべらないままに会議は終わった。
この類の会話は何度目だろう。親会社が絡む会議は、たびたびこんな風に後味の悪い思いをして終わる。子会社がとってきた大きなプロジェクトは、さんざん批判され馬鹿にされ、それでも頑張ってテコ入れしてうま味が出てくると、親会社にかっさらわれていく。その代わりとしてコンスタントな収入源をあてがわれるが、利益の七割を親会社に依存しているウチとしては、そんなもの要らねえよとつっぱねることもできない。生かさず、殺さずってやつだ。
「ったく、なんなんだよ、今日の会議」
俺はむしゃくしゃしながら体を起こし、煙草に火をつけた。
「そう怒りなさんな。いい男が台無し」
俺の隣に横たわったまま、おまえは言う。
「おまえのせいだろうが」
「そう思ってた割には、今日も随分優しかったね」そんな軽口を叩きながら起き上がったおまえは、俺の背におぶさるようにくっついてきた。事後の肌はまだ熱を帯びている。「と言うより、むしろ僕のおかげと言ってほしいけどね。僕が言わなきゃ保守契約ごと持っていかれてたんだから」
「だから、裏で動いてるのに気がついた時点で先に俺に教えろよって言ってるんだよ、会議の席じゃなくて」
その時、背後から手が伸びてきたかと思うと、俺の口元の煙草を二本指でひょいと抜きとっていった。
「あーらら、こんな噛み跡つけちゃって。イライラしすぎ」
おまえは笑い、俺の吸いかけをふかしはじめた。
「禁煙したんじゃないのかよ」
「知ってて目の前で吸うほうが悪い」
吐き出された煙が俺のほうにまで漂ってきて、目に染みる。
「分かってるけどさ。おまえにも立場ってもんがあるのは」
「本当に? 君、あんまりそういうの気にしないでしょ。でなきゃ会議の席であんな」
「分かってるって」俺は体をひねって煙草を取り返す。が、咥えることはせず、そのまま枕元に置いてある灰皿に押し付けて消した。「会社じゃそっちが上の立場かもしれないけど、ベッド では俺が上だ」
そう言って再び押し倒せば、途端に恋人の顔になるおまえ。
物欲しげな半開きの唇に口づけると、俺の煙草の匂いがした。
(了)
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*iqイケそな正解者景品作品 蜜鳥さんからのリクエストお題は
「会議は○○〇よ されどすすまず」
丸の箇所はお任せ、とのことでしたので、燻らせました。
縦書きの画像版はこちら。
https://fujossy.jp/notes/23135
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