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第143話 シガーキス
「俺のどこが好きなの?」
「手」
予想外の答えに面食らっていると、おまえは俺の手を握った。
「いいな、と思ったんだ。タバコに火をつける時」
オフィスビルは全館禁煙で、オフィス内に喫煙所がないのはうちの会社に限ったことじゃない。各階のテナント企業にいる愛煙家は、わざわざエレベーターで一階に降り、更に外に出て、回転扉の脇にある喫煙スペースまで出向かなければならない。高層階用のエレベーターがまた、タイミング良く来た試しがなくて、行き帰りも入れたら十五分ほど席を外すことになるから、非喫煙者、特に女性の同僚からは猛反発をくらってる。肩身は狭くなる一方で年々同志は減り、今となってはそんな愚痴をこぼせる相手も、喫煙スペースで会う他社勤めの男ぐらいになっていた。その中でもいちばんよく顔を合わせるのがおまえだった。
「そりゃそうだ、毎時間タバ休とってたら、勤務時間の四分の一はサボってることになるんだから」
社章からすると上のフロアの企業に勤めているらしいおまえは、年齢も俺とさして変わらないように見えた。
「毎時間は諦めた、今じゃ午前に一回、午後に一回だ。彼女たちだって三〇分ぐらいはサボってるだろ、デスクの引き出しにたんまりお菓子蓄えててさ」
「まあ、でもお菓子食ってるときだって、電話が鳴れば応対してくれるのは彼女たちだからね」
違う会社に勤めていても似たような環境で、同じ愚痴を抱えた俺たちは、すぐに仲良くなった。
「どっちの味方だよ」
「サボってる以上の成果を出せば誰も何も言わないさ」
前言撤回。愚痴をこぼすのはいつも俺ばかりで、うちより大手の会社に勤めているおまえの愚痴は聞いたことがなかった。そうこうしているうちに互いのタバコが短くなり、タイムアップ。そんなことが数回あって、どうにも話し足りない俺が言い出した。
「なあ、今度ゆっくり話をしないか」
「メシ? 酒?」
「どっちでも」
「じゃあ、俺の知ってるとこでいい? ここからそんなに離れてないし、何より席でタバコが吸える」
「ああ、任せるよ」
おまえの身につけているスーツや腕時計の趣味を見れば、きっと良い店なのだろうと期待できた。早速その場で日時を決める。その瞬間から俺の動悸は治まることがなかった。
それは、今でも変わらない。おまえに会うたび、ドキドキする。
あれから何回会っただろう。初めて朝まで一緒に過ごしたのが三回目だったのは覚えてる。それからは金曜の夜に会い、バーで一杯ひっかけた後にはホテルで朝まで、というのが定番となった。
それでも俺は、おまえとの関係が何なのか分からないままでいた。好きとは言わなかったし、言われもしないまま重ねた体。セフレと言われれば否定する理由はなく、でも、理由が欲しくなってきたある日、おまえは言った。土曜の朝、さてチェックアウトの前に最後の一服でもしようか、というときだ。
「今日これから、用事ある?」
「いや、別に。家に帰るだけだけど」
「たまにはこのままどこか行かないか? 映画とか」
「デートみたいだな」
「デートを申し込んでるんだよ」
俺はおまえの顔をまじまじと見た。その視線を避けるように、おまえはぷいと横を向いた。
「デートを申し込む前に、言うことあるんじゃない?」
「そっちこそ、いつも物欲しそうな顔して」
いつもは大人びた顔しか見せないおまえが、急に思春期の少年みたいになって、俺は笑ってしまう。
「ああ、好きだよ」
結局先に言ったのは俺だった。
「……俺もつまり、そういうこと」
「ちゃんと言え。俺は言ったぞ」
「好き、だ」
その瞬間だけ、おまえは俺を見た。その顔を見れば、嘘じゃないことは分かった。
「俺のどこが好きなの?」
「手」
予想外の答えに面食らっていると、おまえは内ポケットからタバコを取り出した。
「いいな、と思ったんだ。タバコに火をつける時」
俺と同じだ。ご大層にもZippoで火を付ける、そのときに手の甲に浮く静脈が色っぽいと思った。二本の指に挟まったタバコ、そのタバコのようにおまえに触れられたいと思い、その口から吐き出される煙のようにおまえに味わって欲しいと願った。
でも、そのことは言わずにおいた。
タバコに火をつけようとするおまえ。その仕草はいつになくぎこちなくて、なかなか火はつかず、タバコの先は細かく震えてる。
俺は自分のタバコに火をつけて、咥えたままおまえのほうに突き出した。
おまえは一瞬の戸惑いを見せたあと、ことを把握したとばかりに頷いて、俺のタバコの先に自身のタバコを擦り合わせる。
ジリ、と小さな音がして、俺からおまえへと火が、そして俺の気持ちが、伝わったことが分かる。
そうして二人で同時に煙を吐いた。
さて、初デートはどこへ行こうか。
(了)
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川中めぐさんの誕プレ作品です。
いただいたイラストをモチーフに、また「手フェチ」のめぐさん向けにww 書かせていただきました!!
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