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第144話 チョコカレ! ( for バロン様)

 友達? まぁ、ぼっちにならない程度に遊べる奴はいる。それで充分。女の子とゲームの話題しかない退屈な奴らだけど、休み時間に一人で本読んでるあいつよりはマシ。孤独を気取ってるわけ? 俺はおまえらとは違うってな顔して、見てるこっちが恥ずかしくなる。共感性羞恥ってやつ?……というのは、この前読んだラノベに出てきた言葉。本なんかめったに読まないけど、あいつがあんなに熱心に読んでる本がどんなのだか気になったから、こっそりタイトルを盗み見て探して読んでみた。普通におもしろかった。同じセンスをしてると思うと、ちょっとだけあいつが身近に思えたりもした。そんなあいつはもう読み終わったんだろう、今日は違うのを読んでる。似たようなテイストの表紙に見えるけど、同じ作者なのかな。タイトルが見えそうで見えなくて、余計、気になる。 ◇◇◇  まただ。またあいつが俺を見てる。こういう休み時間や教室移動のわずかな時間、それに放課後、時には授業中でさえも。いつも誰かと一緒にいるくせに、いつも上の空の会話をして、そしていつも何か言いたげな視線を俺を送ってくる。俺に文句でもあるのか? でも、あいつとはトラブルを起こすほど絡んじゃいない。理由を問いただしたい気もするけど、少し前から俺、声変わりできっしょい声が出るから、あまり人と話したくない。とりあえず俺の考えすぎか、ほんとに俺のことばっか見てるのかを確認するため、場所を変えてみることにした。  席を立ち上がると同時に、「あ」というあいつの声が聞こえた。その直後には「なんでもない」と近くの仲間に言い訳をしてる声。  あいつの視線は、案の定、移動する俺に連動して動いた。いや、俺っていうより、俺が持ってる本、か? 「……何?」  なるべくお腹に力を入れて、低い声を出してみる。 「それ、続き? 『チョコカレ』の」  あいつの視線ははっきりと俺の本に注がれている。 『超ハイスペなこいつの華麗なる異世界魔法』、それがラノベのタイトルだ。略して「チョコカレ」。 「あ、うん。続編」  俺は本の向きを変えて表紙を見やすくしてやった。「超イケボなこいつが華麗にトラ転して俺と出会うダンジョン」、略して……まぁ、同じなんだけど。 「続編なんかあったんだ」 「読む?」 「えっ、いいのか?」 「俺、読むの二度目だから。ちなみにこのシリーズ、五巻まであるよ」 「マジ? そんなにあるの? 全部持ってる?」  俺が頷くと、あいつの目がキラキラ輝いた。いつも友達に囲まれてるときでも、そんな顔はしないのに。 「読むなら」  貸してやる、と言うより早く、「貸して」と言うあいつ。 ◇◇◇  こうして俺に、初めてのリアル「チョコカレ」仲間ができた。  正直、嬉しかった。「チョコカレ」は、五巻まで出たぐらいだから結構人気シリーズで、ネットでならファンを探すことも簡単だ。でも、ストーリーには恋愛要素も多くて、リアルに語るのはちょっと恥ずかしかったんだ。  そして、今日。完結篇の五巻を返すから、と呼び出された。  学校で渡せば済むことなのに、わざわざ少し離れた公園まで来いと言う。二月の夕方の公園は結構寒い。そんな中で待たされる身にもなってみろと言いたいけれど、それほど待つこともなく、あいつはやってきた。 「あー、これ。ありがと」  渡したときと同じ紙袋を突き出すあいつ。 「おう。どうだった?」  受け取りながら、俺は言う。 「なんか、口惜しかった」 「口惜しい?」 「泣いた。超泣いた。まんまと作者の思うツボだろ。で、口惜しかった」  泣いた、と言いながらあいつは笑う。 「俺も初めて読んだとき、めちゃくちゃ泣いた」 「おまえが? それ、見たかったな」 「泣くだろ、あれは」 「泣くよな」  おかしいな。こいつが読み終わって、ネタバレ気にしなくてよくなったら、語りたいことがいっぱいあったはずなのに。それをずっと楽しみにしてたのに。泣いた、しか言えないなんて、俺の語彙力どこ行った。いや、もともとないか、そんなもの。 「でさぁ、これ、お礼、つか」  俺の鼻先に、さっきとは違う、もっと高級そうな紙袋が突き出される。ほんのり甘い香りがする、気がする。 「そんなん気にしなくていいのに」 「いや、でも、ほら、今日、だし。たまたまだけど。偶然だけど。……それに、チョコカレ、だし」  こいつがやたらと「偶然」を強調する今日は、二月の、十四日。 「男からチョコもらうの、初めてだ」 「女からはあるのかよ」  何故そこでムッとするんだ、こいつは。 「あるよ」  何故そこでショックを受けた顔をするんだ、おまえは。 「……母親と、マンションの管理人さんだけど」  何故そこでホッとした表情を見せるんだ。  俺は差し出しかけた手を、またひっこめた。 「要らない? 迷惑だった?」  おまえは淋しそうな顔をする。違う、違うってば。  俺は慌ててズボンの尻ポケットの辺りで、手を拭いた。少しでもきれいな手で受け取りたかったから。でも、よく考えたら却って汚くなったかもしれない。 ――ありがとう。嬉しい。一緒に食べよ。  そういう言葉をたくさん言いたかった。けど、やっぱり、何も言えなくて、「うん」というか「ふん」というか、素っ気ない返事だけして受け取ってしまった。  本を入れるために持ってきていたバッグはそんなに大きくなくて、俺はチョコの箱がつぶれたりしないように気を付けながら、そうっと詰めた。 「俺、何にも用意してない」  やっと出たセリフがそれで、つくづく自分が嫌になる。 「そんなのいいって、本を貸してもらったお礼なんだから」 「それだけ?」  思わずそう返してしまってから、俺は自分の言葉の意味に気付く。その瞬間に顔が火照るのが分かった。でも、おまえの顔だって赤い。おまえがそんな顔するからうつったんだ。 「……またなんか貸してよ。おもしろいのあったら」 「おう」  今度うちに来いよ。俺、結構本持ってるんだよ。好きなの借りてっていいし、一緒に部屋で読んだっていい。今日できなかった「チョコカレ」の感想戦もしたいし、それから。  言いたいことはいっぱいある。  でも、うまく言葉が紡げない。  声は相変わらず変だし。  語彙力は行方不明だし。  そんな言い訳の言葉ばかりが浮かぶ。 ……ほんとうは、言いたいことが言えない理由なんか、とっくに分かってるんだけどね。 (おしまい) ----------------- Twitterにて #チと打って出たものがバレンタインにもらえるらしい のハッシュタグ遊びで「中学生」と出たので、 うっせぇわ大好きなくせに覚えたての「共感性羞恥」という単語使いたがる変声期の男子と、その子からチョコもらうとき無愛想に「ふん」とか言いつつやたら丁重に鞄にしまい込んで赤面してる男子の二人組をください 見るだけでいいんで とツイートしたところ、バロンさんから「ぜひ書いてください」とおっしゃっていただけたので調子に乗って書きました。なお、こちらでは変声期のほうを無愛想な子に変えました。 バロンさんには、iqイケそな正解者景品作品をまだお渡しできていなかったので、そのときのリクお題とは違うのですけれども、こちらに代えさせていただきます。申し訳ない。あれはあれでいつかそのうち…… また、「チョコカレ」は、だいたいこんな話です。たぶん。↓↓↓ 現実世界では全然冴えない「ボク」が、ハイスペックな親友と転生したりタイムリープしたりしながら様々な困難と立ち向かい、そのたびにクイーンだの女戦士だのに惚れては親友と争いもする。元の世界では当然親友のほうがモテるんだけど、転生先では何故か「ボク」のほうが活躍して、立場が逆転。でも、そんな経験を通して二人は成長していき、毎回最後はクイーンとも女戦士ともくっつくことなく、親友と二人で新たな旅に出るところで終わるバディもの。最終巻のラストでは「今まで戦ってきて、やっと分かった。おまえ以上のパートナーはいない」「俺も同じこと考えてた」的にお互いの気持ちを確かめ合ったらいいと思う。

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