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第154話 Sweet Panda *「その恋の向こう側」番外編

「並んだだろ、これ?」  和樹が言うと、脱いだジャケットをハンガーにかけながら涼矢が答えた。 「いや、予約してあったから。と言っても受け取りの列もすごかった、かな」 「女子に混じって並んだわけ?」 「いや、結構男もいたよ? ……まあ、ほとんど彼女連れとか、グループ客っぽかったけど」 「メンタル強いな。俺は無理だわ、バレンタインデーに野郎一人でチョコケーキ買うとか。しかも行列とか」  和樹はテーブルに置かれたケーキの箱に目をやる。予約必至の超人気店の店名ロゴが印刷された箱だ。そして、やけに大きい。どう考えても二人分とは思えない大きさだ。 「うーん。でも、今年は手作りするヒマなかったし」 「日にちずらしたっていいのに。つか、別にもうケーキにこだわらなくても」    涼矢は苦笑いした。 「こだわってるのは和樹だろ。俺の誕生日だってホールケーキにキャンドル立ててっての、いっつもやりたがる」 「やりたがってるわけじゃねえわ。俺はただ」 「ただ?」 「お、おまえが、喜んでくれたらいいなあって。それだけで」  涼矢はゆっくりと和樹の背後に回り、後ろからハグをする。 「喜んでるよ、いつも。すっごく」 「……なら、いいじゃん」 「うん。いいよ。で、俺も同じだから。ただ、喜んでほしいだけ」  涼矢は和樹の背後から手を伸ばし、ケーキの箱を開ける。和樹は脇を通る涼矢の腕に少しくすぐったそうにしながらも嫌がる様子はない。 「なあ、夕飯のあとだろ、ケーキは」言いかけた和樹が一瞬息を呑む。「何これ、すげえ」 「可愛いだろ」 「うん」  チョコケーキはパンダの姿を模したものだった。しかもお座りポーズのぬいぐるみのような、立体的なパンダだ。だからあんなに箱が大きかったのだと合点がいった。それから和樹は、東京での一人暮らしを始めてしばらくした頃に涼矢が遊びに来て、一緒に動物園にパンダを観に行ったことを思い出した。あの日、急な雨にたたられながらも動物好きの和樹のために動物園デートにつきあってくれた涼矢は、今日もまたあのときパンダにはしゃいだ和樹を思って、これを選んだのだろう。  和樹は思わず笑い出した。こんなパンダのぬいぐるみみたいなケーキを、あの涼矢がわざわざ探して、予約をして、女の子たちに紛れて受け取ってきたのかと思うとおかしくてならない。そして、それがすべて自分のためだと思うと、笑い涙まで出てくる。  ひとしきり笑うと、和樹はバックハグをしたまま背後にいる涼矢を振り向き、「ありがとう」と言った。 「食べちゃうの、かわいそうな感じがするな」 「でも、食べるよ」和樹は指を伸ばし、パンダの鼻先あたりのクリームをすくい取るとペロリと舐めた。「甘っ」 「そんなに甘い? 甘過ぎ?」 「いいよ、俺、甘いの好きだし」和樹はもう一度指を伸ばして、クリームをすくったかと思うと「味見する?」と言って自分の舌先に載せた。  その舌先に吸い付くようにして涼矢がクリームを舐め取った。「甘い」 「だろ」 「和樹の舌の味かも」 「そんな馬鹿な」 「確かめさせて」  涼矢は和樹の顎を引き寄せ、キスをした。 「甘い?」 「これだけじゃ分かんない」 「ははっ」  和樹は笑って、涼矢の腕の中を半回転する。向き合った二人は、改めて深い口づけを交わした。  和樹の唇。舌。頬。指先。乳首。それから――。和樹の身体のどこを味わおうが、世界中のどのケーキよりも甘いに決まってる、と涼矢は思った。 -------------- バレンタインデーは和樹の誕生日。 #本編「その恋の向こう側」→https://fujossy.jp/books/1557

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