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第155話 催涙雨 *「その恋の向こう側」番外編

天気予報通り、朝からどんよりとした空模様だった。午後にはいよいよ雨脚が強まり、それでも夜になれば雲の切れ間も見えるかもしれないと、うっすら期待しながら過ごした一日……だったのだが。 「ただいま。やっぱり降ったな」 涼矢が玄関先で傘をたたみながら言う。一瞬開いたドアの向こうから聞こえる雨音は昼よりも更に激しい。これでは雲の切れ間どころではないだろう。 「おかえり。いやあ、予想以上に土砂降りになったな。かわいそうに」 「いや、傘は持ってたから」 「え」 「え」 涼矢と和樹は顔を見合わせた。 「かわいそうなのはおまえじゃないよ。織姫と彦星」 和樹の言葉に涼矢は思わず笑ってしまう。 「そっちの心配か。お優しいことで」 「だって、年に一度しかチャンスがないんだぞ」 「まあ、そうだけどさ」 ――俺たちにだって、年に何回も会えなかった日々があったじゃないか。 大学時代を思い出していた涼矢に、和樹の明るい声が聞こえてきた。 「でも、確か雨の日はカササギが橋をかけてくれるんじゃなかったっけ」 「ああ、あったな。雨で天の川が増水すると渡れなくなると、カササギが飛んできて橋渡しするとか」 「晴れの日は助けてくれないんだ? サービス悪いな」 「いや、ちょっと待て。雨でも晴れでもカササギに乗って会いに行くのかも? 俺、絵本で織姫がでかい鳥に乗ってる絵を見た記憶ある」 「嘘だろ、カササギがこう、川の上にいっぱい並んで橋になってくれる絵じゃない?」 「あ、そのパターンも見た気がするな」 「よっしゃ調べるわ」 和樹はスマホで検索する。やがて「諸説あるらしい」という答えを導き出した。 「雨の日だけカササギが現れる説と、天気に関わらずカササギで会いに行く説、あと、カササギの出番はなくて雨の日は会えない説もある」 「へえ。どれも正解なんだ」 「そういうことですね。……あ」 「ん?」 「今日みたいに七夕に降る雨のことを催涙雨(さいるいう)って言うんだって。織姫と彦星が雨のせいで会うことができず悲しんで流す涙のこと」 「何それ、切ない」 画面を読み上げる和樹の頭を、いいこいいこするように、涼矢は撫でる。和樹はそれを嫌がる素振りも見せなければ殊更に喜ぶでもない。もう慣れっこのようだ。 「んー、でも、一応、これも諸説ありまして」和樹はコホンと空咳をする。「七夕に出会えた嬉し涙という説もあります」 「ふうん、なるほど」 「俺は後者の説を採用したい」 「そう? 俺は切ないのも風情があっていいと思うけど」 「我が身に置き換えて考えたら」 「七夕伝説を我が身に置き換えるなよ」 吹き出す涼矢の頭を、和樹はさっきの意趣返しのように、撫で回す。 「年に一度の大切な日なんだから、嬉し涙でいいんだよ」 撫でるのを止めたかと思うと、和樹はその手を涼矢の首に回す。当たり前のように、涼矢も和樹の背中に手を回し、二人はキスを交わした。 「年に一度の、誕生日おめでとう」 「ん、サンキュ」 毎日顔を合わせるようになったって、雨が降ったって、今日という日が特別なのは変わらない。 そう、だからやっぱりこの雨は喜びの涙に違いないのだ、と和樹は思った。 (終) --------------------------------- #本編「その恋の向こう側」→https://fujossy.jp/books/1557 7/7は涼矢の誕生日。

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