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 四月の終わりといえど、俺にとってはまだまだ寒い。たとえ真夏であっても、季節は関係なくずっと寒い。少し厚手のパーカーを着て、なおかつネックウォーマーをつけて、人がまばらになってきた街に出た。  この街には、眞洋に一度だけ荷物を届けに来た以外は来ていない。だけど、歩いたことのない道でもなんとなく見たことがあった。マンションのすぐ近くには大手企業のビルが建っている。コンクリートジャングルとまではいかないが、そこまで歩くとコンビニや小さなスーパーはたくさんあった。  そのビル群の群れを少し抜けた場所に、さびれた公園がある。マンションからは歩いて十五分ほどになるその公園は、草も生え放題で、滑り台もブランコも今にも崩れそうなほど錆びついていた。 「―――――あ」 「…おや、来たのか」  額から角をはやした、人ではない、――鬼。白いファー付きのジャケットを変わらず着ていて、フードもかぶったままだった。木で組まれたベンチに座り、俺を見つけると少し驚いたような顔をした。 「……俺は、どうしてここを知ってるんすか。貴方は、誰ですか」 「お前は、なぜここに来たんだい?人の子よ。今日はもう休めといっただろうに」  赤い髪より、今の白銀の髪の方が、この人らしいと思った。 「質問に答えてもらえないんすか」 「答える必要がどこにある。私には関係ない事だよ」 「俺は、知るためにきてる」 「何を知りたいんだい?お前は」 「あんたの名前」 「私の名前を知っても、何も変わらないよ」  小さく男が答えた言葉に、わずかな既視感があった。 「―――牡丹、さん?」 「なんだ、思い出したのかい?」 呆れた様な男の――牡丹さんの声音に一気に頭に血が上り、牡丹さんの目の前まで大股で歩き、その顔をじっと睨みつける。 「なんなんだよ!兄貴も、あんたも!知っても変わらないとか、知る必要はないとか!いい加減にしろよ!俺は!」 「人の子、お前は忘れているんだ。十年前、何があったのか。お前が助けてくれと言ったから、私はお前をあの化け物に預けたんだ。お前が今、その状態になっているのは、お前が自ら望んだことだよ」  叫ぶような俺の言葉を遮り、牡丹さんが静かに言葉を吐き捨てた。 死にたくない。 痛い。 助けて。まだ、死にたくない。  俺が、自ら望んだのだと。 「そんな、こと、だって、痛いのは」 痛いのは嫌だと、ずっと言ってきた。この体は歪で、俺は確かに死んだはずなのに。その夢を繰り返し見るのに、目が覚めたら生きている。あの夢を見てる間は、痛い、苦しい、それしか頭になくて、それしか口にしていない。 「あの化け物は、お前を生かすことに意味があるのだと、私に言ったよ。人の子。お前が、自ら望みそうなったのだと」 「―――――俺は」 「お前は、喰われたんだ。鬼に、ね」 十一年前、山で、そう言葉をつづけ、牡丹さんが俺の頭にぽん、と手を置く。俺は暖かいその手をつかんだ。 「……どうした、人の子」  静かに、牡丹さんが聞いてくる言葉に、返せなくて口を閉じた。頭が痛くて、手が震える。  また、ぷつりと意識が途切れた。  夢は見ない。見たくない。  走り続けても、先の見えない道が怖かった。何度も足を止めては振り返り、喰われる。それを何度も繰り返す夢。体が地面に倒れる痛みも、臓物が飛び散るあの感覚も、全部、全部、夢だと思ってた。  でもそうじゃなかった。あれはきっと自分の記憶なのだと。あれは、俺自身の、俺が忘れたい記憶…?

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