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 しばらく歩いて、でも変わらない花畑に正直疲れていた。花を踏むのは心苦しいものがあるけれど進まないと目的地にたどり着けない。と言うかたどりつくのか?と不安しかなくなってくる。ふと足を止め、はぁ、と息を吐いた。 「………あれ」  ふと、視界が回る。体から力が抜けて、俺はその場に倒れこんだ。指先を動かすと、わずかには動くものの起き上がる力が入らない。左肩を地面に落としたままで、放りだされた左手の指先を見つめた。 左手の平に、ポトリと花弁が一枚落ちる。 「―――…ここにきてはいけないと言ったのに」  聞き覚えのある優しい声が聞こえて、視界を巡らせる。黒い手袋が視界を覆って、すぐに体に浮遊感が訪れた。 「……牡丹、さん」 「ここは私の社だよ。人の子」 「…牡丹、さ、ん」  フードをかぶって、角をはやした鬼。この人は、どうしていつもこんなにかなしそうな顔をしているのだろう。とても、綺麗だけれど。  俺の体を軽々と抱き上げて、牡丹さんが歩き出す。 「お前は、何回私が忠告してもここに来るのか。その度に、私はお前を止めるしかない」 ふわりふわりと体が揺れる感覚に、ずっと歩いていたからか眠気が襲ってくる。元々よく寝る体質だけど、このまま、ここで眠ってしまったら起きた時、牡丹さんはいないのだろうかと不安になってくる。 「大丈夫だよ。人の子。起きても私はそばにいる。ゆっくりおやすみ」  ◇  二日間で三回も倒れるなんてちょっと惰弱すぎやしないかと情けなくなってしまう。 「この指輪……」  握りしめた手の中に、牡丹さんからもらった指輪があった。この小さな、まるで子供がつけるようなサイズの、真っ赤な指輪。持っていると、不思議と暖かくて気持ちが落ち着く。 「……」 あおむけになっていた体を起こし、両手で指輪をぎゅっと握る。 「おや、起きたのか」  ふと声が聞こえて、あたりをよく見まわした。木目の床に、白い砂壁、剥き出しの梁。八畳ほどの空間に、燭台があり、蝋燭にはぼんやりと火がともっている。 「ぼたんさん………」 「悪夢は視なかったろう?」 入り口の格子戸が音もなく締まり、牡丹さんが俺の前に片膝を立てて座った。 「その指輪、お守りになったようでよかったよ」 「………これ、いや、…そうじゃなくて、ここ、首鳥塚の、奥の社って…」 「―――…あぁ、ここは私の住処だ。人は入ったら迷うように呪いがかけてある」  結界ともいうか、と小さく続いた言葉に、俺は掌の中の指輪を見つめる。 「その指輪を持っていれば、入れる。そういう結界だ」 とんとんと俺の掌に転がる指輪を牡丹さんの指がつつく。 「……あんた、どうして」 「お前は、間違いなく人だよ。けれど、今は違う。わかっているはずだ。あの化け物の血で、生きていると」  牡丹さんが、手の甲で俺の頬を撫でる。 「違う、今聞いてるのは、そうじゃなくて、あんたは」 あんたはどうしてそんなにかなしそうなんだと、聞こうと思って口を閉じた。その答えを、俺はきっと知っている。 「手帳に、書いてあった。ここに来たんだろ?俺は」 「――――…」 「俺とあんたは、一体どんな関係だったんだ」 「関係、か。それを知って、そのことに何か意味はあるのかな?人の子」 「ある」 「―――――――……そうか」

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