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 小さく、本当に小さく牡丹さんが答え、するりと俺の頬に降れる。手の甲じゃなくて、掌で、包むように。黒の手袋のしていない白い手が頬を滑って、耳を撫でる感覚に、思わず目を閉じた。 「っ!」 頬に触れた唇の感触に、目を開けた。 「………鬼と言うのは、伴侶に自分の印を刻み、同じ時間を共有して共に生きていく。魂と魂を結び、繋ぐ。お前は、私を好きだといったよ。私も、そうだね、愛して、いた。けれど、」  そこで言葉を切り、牡丹さんは俺の首を撫でる。そこには。傷があった。百目鬼が、隠すようにと言った、俺の傷。最初は目立つからだと思っていた。この傷は、他人から見たらとても目立つものだし、人目を引いてしまうから、それを避けるように言ったのだと。  でも、たぶん、違う。 「無理だったんだよ。人の子」 首の傷を、牡丹さんの指がなぞる。 「私のせいで、お前は歪になってしまった。だから、あの化け物に託したんだ」 「………この、傷は」 「私の子がつけた傷だよ。人の子」 「は」 「お前は、私の子に喰われたんだ」 「………………………は」 ぎゅっと、また指輪を握った。そうだ、この指輪は、前にももらったことがある。そして、あの、血だらけの助けて、は。  俺の事じゃないんだと。  俺は、いつも夢で助けてという。それは、俺の、死を恐れる気持ちから、生きたいと切望する想いから。だけど、あの手帳の文字は、きっと、俺を助けてほしいんじゃない。 「っ、俺が、こうなってるのはあんたの所為じゃない」  ぼんやりとよみがえる記憶に、頭が痛くなってくる。 「俺が今、生きているのは、死なないでこうしてあんたに会えているのは、あんたのおかげじゃないのかよ」  今、俺の掌にある指輪をまた渡したのは、駄目だというなら、駄目だったと否定するなら、渡すはずがない。そういう人物だと。俺は「知っている」じゃないか。誰よりも人間が好きで、誰よりもかなしい、この人を、知っているのに。 「私は、あの化け物にお前を預け、逃げたんだ。お前から、逃げたんだよ、人の子」 「なら、今逃げなきゃいいじゃないか。ここに俺がいて、あんたがいて、話をしてる。俺は、自分を知りたくてここに来た。あんたは、それを知ってるんだろ?俺があんたの子に喰われたって、助けたのはあんただし、今目の前にいるのだってあんただ。俺は、またこの記憶を失うのは嫌だ。あんただって、何回も俺に名前を聞かれるのは嫌だろ⁉」  俺は、何番目?何回、同じことを牡丹さんに聞いていたんだろう。この人は、その度に傷ついていたのだろうか。 「――――薬を飲むなと、言っただろう?」 ぽつりと、牡丹さんがつぶやく。 「あの薬は、お前の中にあるあの化け物の血と、お前自身の血に徐々にずれが生じるようになっている。お前の記憶も、あの化け物には消すことは造作もないだろう。お前の中にある、あの化け物の血は、そういうふうに作用してしまう」 「……あきらめたのか」 「…そうだよ。私はお前を捨てたんだ」    捨てた。気持ちも一緒に、全部。すべて。昔の様に。  途切れ途切れに紡がれた言葉に、俺は指輪を握りしめた拳を牡丹さんの眼前に突き出す。  酷く腹立たしかった。やり場のない怒りと、自分に対する情けなさとがない交ぜになって、胸がもやもやして仕方がない。俺がどうして記憶をなくし、こんな体になったのか、それはわかったけれど、どうして、と。  今目の前に俺がいて、それでも手放せるほどのものだったのか。ならどうして、この指輪を 「返す」 「―――…そうか」 「っ! なんで、笑うんだよ。俺は、あんたが好きだよ!百目鬼のところで、見て、好きだと思った。記憶がなくたって、あんたを、知りたいって思ったのに…っ」 「うん」 「~~~っ、これ、返したら、あんたもう俺の前に現れないつもりなんだろ」 「あぁ、そうだね。これがもう最後だと、最初から決めていたから」 「なら、俺の気持ちはどうするんだ。俺は、またこの手帳をみて、あんたを探せばいいのかよ!」

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