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吐き捨てた言葉。 だって、俺の記憶は全て牡丹に繋がっている。そんな気がするから、それが、これほどまでに辛いなら。 「優呉」 牡丹が名前を呼ぶ。 声が好きだなと思った。赤い髪でも、白銀の髪でも、困ったように笑っても、頭を撫でる手も、全部、愛しいと感じた。 目にした瞬間、好きだなと思ったのは、きっと俺の記憶じゃなく、魂が覚えていたからだ。 だけど、 「…優呉」 牡丹の手が頬に触れる。あったかい手が顔を包んで、親指が溢れて止まらない涙を掬うように撫でた。 「泣かないでおくれ」 「………にどと、あわない?」 「違う」 「ちがわない、だろ」 言葉が嗚咽に混ざり、うまく紡げなくて、口を閉ざした。ボロボロと流れる涙に、ぎゅっと目を瞑る。 「違うよ。優呉。………帰せなくなると言ったろう」 涙をぬぐっていた親指が、片方だけ唇を撫で、割り入ってくる。切れた唇が僅かに痛み目を開くと、べろりと牡丹の舌が唇の血を舐めた。 「っ、!」 「手に入れてしまっては、お前があまりにもかわいそうだ」 鼻が触れ合う距離で、牡丹の双眸がしっかりと俺を見据える。金色の瞳が光って揺らめいているように見えた。 「かわいそう…っ、てなに」 「私に縛られたら、俗世には戻れない。全てを捨てなければいけないということだよ」 「すてる…」 「お前は、私に無かったものをくれた。失くしたものをまた、与えてくれた。それは何者にも代え難い。だからきっと、捕まえたら離せなくなってしまう」 「………俺は忘れたくない」 だって、忘れてしまったら、思い出すのも辛くなってしまう。いっそ、知らないままで、いれたなら。だけど、それももう無理だ。目の前の人を、鬼を、牡丹を、手離したくない。 「手帳、読んでご覧」 「な、んで…?」 「お前は、五年前にもここに来ている。指輪を持っていないから、社には入れないけれど…来たことを、私は知っている」 牡丹が僅かに離れて、俺のカバンに手を伸ばす。 「牡丹は、十年間、見てるだけだったのか…?」 「……お前から手を離してしまってから、会ったのは昨日が初めてだ」 ぽん、と手帳を渡してくる牡丹を見つめてから、手元に目を向ける。 「これを読んだら、あんたはどうするの」 「どうもしないよ。ただ、お前は確かめた方がいい。自分自身を知りたいのなら」 「………わかった」 朝みた続きのページをめくる。十一月七日の次は、十二月一日に入っていた。十二月一日、雪。終。ただそれだけ。後のページは真っ白で、何もない。最後にあの文字が書いてあるだけだった。 2冊目は、九年前。この手帳は、一月一日、雪。という短い文から始まり、二日、三日と日付と天気だけが記されている。毎日、日付と天気だけが記されて、他には何もない。 「………」 何も書くことがなかった?俺は、ただ生きて、確かに生きた日を記しただけ?なんの意味もなく。ページをめくって行き、十一月に入ると、また七日だけ短い文が付いている。 「十一月七日……雨。花を買った……」 一枚の写真、そして、花を買ったとだけ、書いてある。十一月七日だけ、内容があった。手に取り確認した一枚の写真の裏には、つつじと記されている。そして、端の方に一言「初恋」と書いてある。 「しろい、つつじ…」 ―――記憶は何度消しても、ふとした時に思い出すものなんだよ。可愛い弟。お前は、いつも――― 「……そうか…」 小さくつぶやくと、牡丹がん?と首をかしげる。 写真を膝の上に置き、ページをめくる。やっぱり、十二月一日になっていた。 十二月一日、晴、終。 天気だけが違う、それだけだった。後のページは何も書かれていない。パラパラとめくり、最後のページを開くと一枚の写真が挟んである。裏向きに挟まれたその写真には「牡丹へ」と書いてあった。 「………私?」 隣で覗き込んでいた牡丹がつぶやいた。とても不思議そうに、驚いたような表情で、俺の手の中にある手帳に手を伸ばした。 「――――……お前は、覚えていないかい?」 「花言葉の話?」 「あぁ。…そうだよ」 牡丹は少し間をあけながら答えると、写真を取り、表に向ける。 「花に興味なぞ無かったけれど、お前が私に与えてくれた感情の一つだよ」 「紫のスミレ…か」

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