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第59話

粉川 成谷先輩と向かった場所は視聴覚室だ。 勿論授業なんてやっていないしほとんどの生徒が体育館…… 人の気配はなかった。 …や、やだ……もしかしてこれから? どうしよう…嬉しい! ドキドキしてきちゃう。 成谷先輩の甘い微笑みを見つめながら、彼の胸に飛び込んだ…久しぶりの…自分のよりもたくましい胸板に心が踊る。 早く抱きしめてキスして欲しい… 「粉川は本当に綺麗だな…」 「うん…!」 ゆっくりと先輩の腕に包み込まれる… はぁ……もっといっぱい褒めて欲しい… 「粉川…これ、なぁんだ?」 「?」 ウットリと先輩を見つめる視界を何かに遮られる。 え、っと思いピントを合わせてみたら… ここにあるはずのないものが目の前でぴらぴらと揺れていた… 俺が書いた、今晩のお品書き100選… …三階に渡したものを…何で…成谷先輩が… 「えっと、これ…何…かな…」 「はは、じゃぁこれも知らないかなぁ」 … … ハラハラと頭上から落ちてくる紙切れは…俺が三階から抜き取って破り捨てた式辞の原稿… な、何で… 「…え、ええとぉ…これは」 「粉川が自販機のところで破り捨てているのを俺はみてるよ?」 「……あ、ご…ごめんなさい…」 「こんなことして…これで本当に三階がぽしゃったらどうなるかわかってる?赤っ恥かくところを見たかった?それだけで済むか?抜擢した理事長の顔に泥を塗って式典を台無しにしていたんだぞ?そうなったらどうなったか…もしこれがばれたらって…そこまで考えたか?」 「え」 「…考えないよな。自分の事しか頭にないものな。新学期始まってさ…すぐにお前は俺に告ってきたけど…それって同じクラスの細田が怖かったからだろう?」 「…何…言って…」 「あいつを回避する為に手っ取り早く俺に近づいたのは別にいいんだけど、ちょっと最近…好き勝手やりすぎだ…よく俺の恋人とか言ってられるよなぁ」 足元に偽の原稿と破られた原稿がパラパラ落ち散らばる。 何か色々バレてる? だってあいつ気持ち悪かったし…誰かに守ってもらわないと危なかった。 先輩は優しいから…ずっと俺のことを守ってくれるはずだって… 背中を優しく撫でられるたびに何故か冷汗が出てくる…う、腕を掴まれているところが…痛い… 「…い!えっとあの!俺が成谷先輩のこと好きだって知ってるでしょう!?」 「粉川は本当…嘘つきだなぁ。お前何人セフレいんの?」 「!!」 「…知らないとでも思った?綺麗な顔してるとモテるよな?最近は3年生に夢中らしいじゃん。他の奴とトラブルになってるのも知ってる。もう俺を隠れ蓑にして面倒くさいことから逃げるのやめろよ。ヤりまくるのは自分の勝手だけど、いざこざは自分で解決しろ。俺も勘違いされんのいい加減迷惑だし。こんなビッチが恋人だとかマジあり得ないし。…それに…」 い、痛い…! メリメリと掴まれている腕の骨がしなる。 成谷先輩の甘い優しい笑顔は変わらないのに…腕を掴む力はどんどん強くなる… 何この違和感。 怖い…こんなの… こんな成谷先輩…知らない。 「それに俺はセフレを好きになったことなんて一度もないぞ」 「!」 「それともう一つ…」 「ひっ…!!」 「…人のお気に入りにちょっかい出してんじゃねぇよ…お前ごときの分際が何三階に手ぇ出してんの?良く考えろ粉川秋?」 耳元で囁かれるその言葉から優しさは一切なくなり震えるほど冷たかった。 「あ!ごめんなさい!…ごめんなさ…!!」 「綺麗な顔に免じてチャンスをやる。二度と俺と関わらない…俺の気に入らないことを少しでもしてみろ?マジで潰すぞこの顔…」 !!!!! …こ、この人…怖い! 怖いよ! 何でこんなにも冷たいのに… こんなにも美しく笑っていられるんだろう…

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