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苦しいぐらいにいっぱいの胸の内

こうして俺は銀を送り出した しばらく抱き合ってから体を離した銀はもうすっかりいつもとかわらない、元通りの銀になっていた 俺の頬をするっと撫でてから手を離す 最後に頭をぽんぽんっと撫でてくれた いつもみたいにニヤッと笑って『んーっ』と大きく伸びをする 「あ~最後にまなにちゅーもハグもしてもらえてラッキーやったなぁ~」 「………」 「そろそろ時間やわ…行かな…なっ?」 「……うん…」 そう言って銀は俺を見てにこっと笑った 俺も笑い返す、心からの笑顔だった 不思議と今はもう寂しくなかった ただ、本当に心の底から銀を応援したい気持ちでいっぱいだった 向こうでも元気で頑張ってほしいな… 「あ、せやせや、まな最後にコレ、あげるな?」 「……?」 「まなが寂しくないように♥」 銀は自分の鞄のところへ行って何か思い出したらしく、ピンク色の紙袋を持って戻ってきた その紙袋を俺に渡す 俺が寂しくないように…?なんだろ…? 純粋に疑問に思いながら紙袋の中を覗いた 「ッ!?」 「ふふっ、ええやろ?まなコレ大好きなのにこういうの一個も持っとらんからなぁ~、オレからのプレゼント♥」 「いっ、いらないっ!!」 「え~なんで~、実用性もあってええやんかぁ~、ちなみにコレな?自分ので型とって作るっていうやつで作ってん、つまりオレので作ったオレの手作り♥…まな嬉しいやろ?」 「嬉しくない!!」 中には銀の家で見たことのある『大人のおもちゃ』が入っていた こ、これ…尻に入れて使うやつ… とってのところにスイッチがついていてそれで振動する仕掛けらしい 形自体は言われてみれば銀のモノみたいな気がした いや、他の奴のなんてまじまじ見たことないけど! 慌てて銀に押し返すけど銀はそれをかわす 「中にローションも入っとるから今度会う時までちゃーんと練習しとってな?」 「しない!!お、おい!!こんなもんおいてくなよ!!」 「まなが喜んでくれたみたいで俺嬉しい…」 「耳腐ってんのかよ!!」 結局銀はそれを受け取らずに荷物を持ってさっさとゲートの方に逃げようとする くっそ~…せっかく人が真剣に送り出してやろうとしてるのに…!!こんな奴ために泣いたりするんじゃなかった!! 仕方なく銀にそれを突き返すのを諦めて、銀を睨み付けたまま見送りにゲートに向かう 銀は俺のそんな顔を見て『ぶっさいくな顔』と笑った よりぶっすーっと膨れる 「ははっ……でもこっちの方がいつものまならしくてええかも」 「ッ」 銀はまたいつもみたいにヘラヘラ笑って、そしてフッと儚く笑った 「……ふふっ…じゃあ、まな……またな…?」 「……ん…ばいばい…」 「あれぇ?『頑張って、ダーリン♥』とか『いってらっしゃい、ハニー♥』とかしてくれないん?」 「……アホか…」 ぷいっと顔を背ける 銀は俺の返事を聞くとケタケタ笑ってそれからまた俺の頭をぽんぽんっと撫でるとゲートの向こうに向かって歩き出した 少しだけ…ほんの少しだけひゅっと胸の中が寒くなったような気がした 隣で健斗と若葉ちゃんが大きな声を出して銀に手を振っている 銀はそれに応えるように振り返ってニコニコして手を振ってた なんだか『アホか』が最後のやり取りって言うのはあんまりな気がしてきた 銀がゲートの向こうに見えなくなってしまいそうで焦って口を開く 何か銀に伝えてやらなくては…向こうでもがんばれるような何かを… それを言うのは健斗でも若葉ちゃんでもなくて恋人の自分でなくてはいけないと思った 「ぎ、ぎんっ!!」 思ってたよりもずっと大きな声が出てしまった 銀は俺がこんな大きな声で呼ぶと思ってなかったのか驚いて振り返った なにか…えっと、なにか言わないと… 何を言うか考えてなかったせいで口ごもってしまう なにか…なにか…なんでもいいんだ…!! そう思っていたら思いつくよりも先に口が動いてしまった 「すっ、好きっ!!」 「ッ!?」 周りがハッとこっちを向いて、銀すら驚いて息を飲むのがわかった 少しして自分が言ったことを理解して顔が赤くなっていても経ってもいられなくなって顔を隠した こんなところで大声でなんて事を言ってしまったんだと恥ずかしくなった…でも… 「まなっ!!」 「ッ!!」 「オレも好きー!!」 「ッ!?」 「愛しとるで~!!」 「ッ!?!?!?!?」 銀が俺以上に大きな声でそう言った 道行く人が振り返り、空港中に声が響く、猛や若葉ちゃんや桜井さんたちすら驚いた顔で赤面していた 恥ずかしくて顔から火が出そうだった、銀も心なしか少しだけ頬が赤い気がする でも銀は心底嬉しそうで俺も嬉しかった ニコニコしてこっちに手を振っている 「またな、まな!!」 「ッ!!いってらっしゃい!!」 だから俺も笑って手を振りかえした 目立ってる自覚はあったし恥ずかしかったけれどでも声を出して応えずにはいられなかった 銀が大好きだった… 今までも…きっとこれからも… 銀は何度かこっちを振り返って手を振り、そしてとうとう完全に見えなくなってしまった 目から思わず涙があふれてきた あとからあとから止まらなくて思わずしゃがみこむ 健斗が心配して隣に一緒にしゃがんで背中を撫でてくれた 何度も背中を撫で『大丈夫だよ、またすぐ会えるよ』って慰めてくれる健斗に首を横に振る もう寂しいから泣いたのでも悲しいから泣いたのでもなかった 幸せで溢れてきた涙だった 銀が好きで…好きで…胸が苦しいぐらいにいっぱいだった… そしてそんな銀が自分の事を本当に愛してくれたのが嬉しくて仕方がなかった それをこんな時に実感した きっと今度はいつか…そう遠くないうちに銀が『ただいま』って言って戻ってきてくれるだろう… それまでにやきもちを妬くだけでは癪だから、銀がやきもちを妬くぐらいたくさん話せるように大学生活を充実させようと決意した アルバイトもしてお金を溜めたら銀とどこかに旅行にも行こう、それまでに行きたいところも決めておこう 勉強もがんばって、少しでも銀に追いつけるようにしよう… それできっと…そんな事を繰り返してるうちにすぐにではなくても4年間が過ぎて…終わったら案外あっという間だったね?なんて言って銀と笑うんだ……そしたら…その後は…… …銀とずっと一緒にいよう… 苦しいぐらいにいっぱいの胸の内でそう心に決めた

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