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番外編 ハッピー?バレンタインデー⑩

「遅いと思ったら連絡しろよ、そしたら俺だってもう少し早く…」 「それは嫌だ。」 「はぁ?何でだよ?」 「何でって…、」 彼方が少しだけ強く俺の服を掴むのを感じた。 「…だって、明日香 仕事のせいで遅くなってんだろ、今週末会えなくなったのだって、仕事が原因じゃん…。」 「?まぁそりゃ…」 でもそれとこれと一体何の関係が… 「…………」 「……………」 彼方は俺の肩にすり寄るだけで、これ以上何か言うつもりは無さそうだった。 (可愛いなおい…) 「…はぁ、まぁいい。取り敢えず中に入ろうぜ。」 俺は内心 悶絶しながらも平然を装ってズボンのけつポケットに片手を突っ込んだ。 「……おい…、いい加減離れろよ。」 「やだ。」 え?勿論その間も彼方の腰から手を離していませんけどなにか? なんなら彼方の髪に顔を埋めてますけどなにか? すんすんとしつつ鍵を取り出しドアを開ける。 「やだって、子供かよ…」 「誰かに見られるかもしれないだろ…」なんて言いながらもやっぱり振りほどかれはしなかった。 そのまま中に入ろうとすると慌てた彼方に引き留められる。 「ちょ、おい!袋!!」 「あ?袋?」 「さっき落としてたろ、何か買ってきたんじゃねぇの?」 「あぁ。」 そう言えばそうだった。来る途中にコンビニへ寄ったんだった。 仕方なく俺は彼方だけ先に中へ入らせて、自分は袋を取りに戻る。 拾って中身を確認すれば、大したものは買っていなかったので被害は特に無さそうだった。 玄関からリビングを覗くと金色の後頭部が何やらゴソゴソと動いていた。 「彼方?」 「あぁ、お帰り。」 「おー。何やってんだ?」 見ると彼方はレジ袋の中から魚やら野菜やらを机に出して仕分けていた。 「ん?晩御飯の材料。冷蔵庫入れとこうと思って。」 「まじ?作ってくれんの?」 「あー…と思ってたんだけど、明日の朝にする。」 チラッ と俺の手の物を見て彼方が答えた。 「何で?今作ってよ。」 「え、だってそれは?晩御飯用に買ってきたんだろ?」 そう言って彼方がさっきの袋を指差す。 「いいよ こんなん。明日食うから。だから彼方作って。」 俺は ソファに持っていた袋を置いて、そこに座る彼方の後ろに回りソファ越しに彼方の髪に鼻を寄せた。 しっかりと腕も首に回して。 「ッ おい、今日なんか近い。ってか匂い嗅ぎすぎだし、流石に恥ずいんだけど…」 「何でだ?良い匂いだけど…?」 「!?そ、そういうことじゃねぇよッ…」 俺から逃げるようにして彼方が身を捩る。 揺れた髪の隙間から覗く耳はほんのりと赤く色付いていた。 「…冷蔵庫行くから退いて。」 「晩飯作ってくれる?作ってくれんなら退く。」 「分かったから。退けって…」 「はいはい。」 チュッ 俺は赤いそこにわざと音を立ててキスをしてから体を離した。…フリをする。 「んッ、なッ!!!なにすっ…んンッ!?!?」 彼方が耳を押さえて今度は顔全体を赤くする。 抗議しようと振り返った彼方の唇に俺は言葉を聞き終わる前に自分のを合わせ、もう一度腕を前に回した。 チュッ、チュッ、と何度か啄むようにキスをする。 その間、彼方は逃げようにも腕のせいで逃げられず、両目をギュッと閉じプルプル震えて堪えていた。 「…ッはぁっ、もういいだろッ、退けってばっ!!」 いい加減 堪えきれなくなった彼方が右手で俺の口を押さえて制す。 ずっと息を止めてたのか、若干肩が上下していた。 「…嫌か?」 「っ…、メシ!!作るんだろ!!いいから早く退いて!!!」 じっ、と見つめて言えば、涙の滲んだ目で睨み返されてぐいぐいと顔を押された。 ちゃっかりマスクまで付け直している。 「イテッ、分かった、分かったから押すなって。」 渋々彼方を解放すると、机に並べられていた食材を引っ掴んでさっさと冷蔵庫まで行ってしまった。 ただやっぱり、キッチンでガサゴソやっている彼方の首筋はいつもよりも赤く染まっていた。

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