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番外編 ハッピー?バレンタインデー⑪
「ンまい。」
「…あっそ、つーか詰め込みすぎ。詰まるぞ?」
「いいだろ別に腹減ってんだよ。おかわりは?あんの?」
「あるけど…まだ食うの?」
「おぉ、」
だって美味いし。そう言って俺は残りのご飯を掻き込んだ。
彼方は特に何も言わなかったが、心なしか嬉しそうに見えた。
…あれから晩御飯は全て彼方が作ってくれた。
俺も手伝おうとしたら何故だかキッチンから追い出され来なくていいと言われてしまったので、お言葉に甘えて俺はリビングで寛ぐことにした。
とは言っても、やることはまだ残っている。
寝室からパソコンを持って来て、俺は彼方が淹れてくれたカフェオレを飲みながら仕事を進めた。
不思議なことに、会社では不味かったコーヒーも、その時はとても美味しく感じた。
そうこうしている内に晩御飯が完成し今に至る。
「…ッ。ほれで?」
「?」
「彼方さんは、何でわざわざこんな遅くまで待ってたんですか?」
口の中のものをお茶で一気に流し込み彼方に質問する。
彼方も一緒に食っているため、今はモグモグしている形の良い口元もよく見える。
「あ…えっ、と…、」
ごにょごにょと数秒口ごもって目線がたっぷりと部屋を一周したあと、意を決したように彼方が立ち上がった。
「…?」
訳がわからず俺は取り敢えず彼方の次の行動を待った。
すると彼方はキッチンまで行き暫く冷蔵庫の前で動きを止めた後、何かを取り出して戻ってきた。
「ぁ…の、これ、を。」
おずおずと目の前に小振りの四角い黒い箱が差し出される。
「これは?」
受け取って彼方を見れば頬がほんのりと赤い。
逸らされて目も合わない。(これはいつもだが)
んん?何だこの反応は…?
「オッサンが……、明日香が、無いの?って言うから、仕方なく…別に作る気なんか無かったけど、欲しそうだったから、俺も食べたかったし…ついでだから、仕方なく作って、みた。」
言い訳がすごいな。と言うか、食べ物?しかも手作りの。
(…これはもしやアレか?アレなのか?)
ここまで言われて分からない程鈍くはない。
彼方の反応からみてもほぼ確定だろう。
(マジか……マジかぁッ…//////)
「…開けて良いか?」
「…ぅ…ん……」
俺はにやけそうになるのを堪えつつ、リボンも何も付いていない箱を開けた。
中には茶色と緑の二色のクッキーと、ケーキ…何だったか、ガトー…ショコラ?が綺麗に並べられて入っていた。
「二個も作ってくれたのか?」
「いや…、クッキーは兄さんが作るって言うから一緒に作った。ついでになっちゃうけど…。」
「それでも嬉しいよ。それに、もうひとつの方は彼方が一人で作ったんだろ?」
「まぁ…」
「ありがとう。…なぁ、今食ってもい?」
「良い…けど、」
美味しいかどうかわかんない。彼方は不安そうに言っていたが、俺はもう既に味なんてどうでも良いくらい喜んでいるし、正直彼方に今にも襲い掛かりそうなのを堪えるのに必死だ。
駄目だこれどうしよう。
もう顔は確実ににやけている。もう喜びを隠しきれない。
パクッ
ガトーショコラの方を一口食べてみた。
これは…
「ヤバい。」
「!マ、不味かった…!?」
「めッッッ……ちゃウマイ。」
「ほ、ほんと…!?」
「あぁ。」
彼方の作ったガトーショコラは本当に美味かった。
俺が疲れて甘いものを欲していたのもあるかもしれないが、何より彼方が俺のためにと作ってくれたことと届けに会いに来てくれたことが嬉しくて。あぁ、
「どうしよ、メシまだ終わってねぇのに全部食っちまいそう。」
そう言うと彼方が俺から顔を逸らして赤くなった顔を隠すように口元を手の甲で覆う。
伏せられた目の上の長い睫毛はふるふると揺れていて…
やべ。もう無理。
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