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いいの?と再度渥が尋ねたが、有紀は悩む素振りもなく頷く。
渥の提案に乗ってくるとばかり思っていたので内心俺も驚いた。
「リクが好きなら、このままがいい」
「俺?」
「出た、有紀の“リクが〜なら”」
「アッちゃんうるさいー」
再び強く抱き着いてくる有紀の顔はあまりよく見えなかったが、口元が緩んでいるのだけは確認できた。今度のぎゅーは不安なぎゅーじゃない。嬉しい時のぎゅーだ。
嫌な気持ちが少しは無くなったようで、俺も安心して頭を撫でてやる。ちなみに全て母親直伝だ。
ベッドの方を見れば渥は渥でなんだか安心したような笑みを浮かべていて、俺とアイコンタクトを交わすと顔を引っ込めベッドが揺れた。もしかして渥も気になってたのかな。ったく、兄貴なんだから素直に心配してるって言えばいいのに。
俺はしばらく有紀が寝付くまで様子を見ていたが、だんだんと意識が吸い込まれるように暗闇へと落ちていく。
まるで夢の中で夢へと落ちる変な感覚だった。
「………」
薄っすらと目を開けると、ぼやける視界の先であの頃よりかなり成長し今や見慣れた有紀がこちらを見つめていた。先に寝たと思っていたのに、いつの間に起きたんだ。
夢の中と同じように窓から差し込む月の光が端正な顔を控えめに照らしている。
そういえばカーテン、閉め忘れてたかも。
それともこれも夢の続きだろうか、と働かない頭で考えていると、目の前の顔が近付いてくる。
名前を呼ぼうとした口元に、柔らかい唇がそっと触れる感触がした。
慈しむように、優しく、触れるだけ。
こんな風にキスをしてくる奴だったっけ。というか俺はなんて夢を見てるんだろう。
夢の中なのに眠いんだ。これが俗に言う二重夢…?なんでもいいけど恥ずかしいからこれが夢なら早く違う夢に行って欲しい。
ボーとする頭で祈りながら、重い瞼を下ろす。意識が落ちる手前、目の前にいた奴からは想像のつかない程落ち着いた声で、何かを囁やかれた気がした。
「愛してるよ、リク」
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