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「そう、佳威はそんなに優しいの」
「はい。それによく笑ってくれるし、俺すごい助けてもらってます」
「あの子が?よく笑うの?あの無愛想を絵に描いたようなあの子が?」
「無愛想?…顔はちょっと怖いかも知れないですけど全然そんな感じはしないです」
「あらあ…そう…意外だわ」
あ、顔が怖いってお母さんに向けて言う台詞じゃ無かったかな。でも気にしてなさそうだしセーフ?
失言だったのではと焦ったが、目の前の女性――佳威の母親である麗奈 さんは楽しそうに笑っただけだった。
今から数十分前。
突然現れた美女に何事かと思った俺だったが佳威の「チッ…見つかったか」という不満そうな声に続き、ケーイチの「麗奈さん、今年もお世話になります」にハッとした。
「あっ、もしかして佳威の、お母さん…ですか!?俺、初めまして…浅香」
まで言ったところで佳威の母親だと思しき相手にパシッと手を掴まれた。ドキッとしたのも束の間、そのままズルズルと引っ張っていかれる。
「あの…!?え!?」
「一 ちゃんもいらっしゃい。今年も素敵な柄を用意しているから。佳威、あなた着てなかったら…分かるでしょうね」
一ちゃん!?素敵な柄?どういうことだ!?
ケーイチと佳威を交互に見ると、一ちゃんと呼ばれたケーイチが俺の傍にやってくる。
「じゃあまたあとでね、佳威」
「…はあ」
佳威の心底面倒臭そうな溜息を聞いたのが最後に、俺たちは二手に分かれて今何故か浴衣を着せてもらっています。
「学校でもちょっとした話題になってるんですよ。佳威が珍しく気に入ってるって」
「好き嫌いが激しいものねえ。一ちゃんにはいつも世話をかけてるでしょう」
「楽しくやってます」
ケーイチが俺たちの隣で浴衣の帯をグッと締めた。落ち着いた濃紺がよく似合っている。
祭りに浴衣を着ていくのが毎年の決まり事らしく、俺も強制的に浴衣をあてがわれ着方の分からない為麗奈さんに着せてもらっている。
麗奈って呼んでねえ、と言われたので恐れ多くも名前で呼ばせてもらっているが、母親然りこの世代はおばさんと呼ばれるのが嫌なんだろうか。確かにおばさんって見た目でもないけどさ。
麗奈さんは目鼻立ちがハッキリとした美人だ。凛とした立ち振る舞いは、気が強そうでまさに俺の想像する極道の妻そのもの。
俺のような一般人とはどこか違う雰囲気に、品の良い和服を着こなす麗奈さんを見ていたら自然と目が合った。
しっかりと唇に沿って引かれた紅が、悪戯っぽく形を変える。
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