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入ってきた佳威の浴衣は黒生地に同じような色の糸で刺繍された肩に登る龍が光の反射で姿を現わす。パッと見はシンプルな黒の浴衣に見えたが、よく見れば実は凝っているというなんとも粋な柄だ。そこはかとなくそっち系の圧を感じないでもないが、目鼻立ちの整った佳威が着ると非常に様になる。似合い過ぎてる。めちゃくちゃ格好いい…! 「あら、そっちにしたの?」 麗奈さんが畳の上で膝を直し腰を落として背筋を伸ばすと、佳威を見上げた。 「あんなアホみたいに派手な方選ぶわけねえだろ。これでも嫌だったくらいだ。なんでもかんでも龍付けときゃいいと思いやがって…俺もこいつらぐらい普通の方が良かったわ」 「光田組の息子が普通じゃ駄目だろ」 「だーから息子っつっても次男だし継がねえから関係ねえの。ケーイチてめえ冷やかすな」 「機嫌悪いなー、もう。…また睦人固まってるし」 「お、睦人!似合ってんな。なかなかいいセンスしてんじゃねえか」 佳威が俺の前に立って着せてもらった浴衣姿を見下ろす。俺のはこの中で一番色が薄い灰色のよくある縦縞柄で、一応ズラリと並ぶ中から自分で選んだものだ。いいセンスと言ってくれたがただ単に一番シンプルで目立たなさそうなやつを選んだだけなんだけど…それでもやはり褒められると嬉しい。 「あ、りがと。佳威こそすげえ似合ってるよ!なんかいつもと雰囲気違うっていうか、大人っぽいっていうか…格好いい!」 「やめろやめろ、ンな褒めんな」 「睦人ー、俺は?」 佳威同様に素直に褒め言葉を口にすると、俺たちの間に珍しくずいっとケーイチが入り込んできた。ケーイチの浴衣姿は初めて見たにもかかわらず普段から着慣れてるかのようにしっくりくる。 「もちろん格好いいよ!なんなら浴衣一番似合ってるのケーイチな気がするし」 「あらぁ…佳威、負けたわねえ」 「うっせえよ」 後ろで麗奈さんが笑って、佳威がぶっきらぼうに言い返す。そのまま「腹減った、焼きそば食いに行くぞ!」と開けた襖からドカドカと出て行ってしまった。 ケーイチも苦笑いを浮かべながら後を追うように部屋を出たので、俺も麗奈さんにお礼を言ってから出ようと後ろを振り向いた。 「麗奈さん。浴衣ありがとうございます」 「こちらこそ。ねえ、睦人ちゃん」 玲奈さんが着物の裾を直しながら静かに立ち上がる。その仕草を純粋に綺麗だと思いながら目で追った。 立ち上がった麗奈さんは俺とほとんど同じ目線で、今更ながら女性にしては背が高いと気付く。佳威も身長が高いし、親父さんもお兄さんも高いんだろうか。 着物から手を離した麗奈さんと視線を合わせながら、素朴な疑問が浮かんだ。 「光田家のαはね、一生を掛けて自分の決めたΩを愛するわ。そして守ってくれる。…番になったが最後、Ωに生まれたことを後悔なんて二度とさせてくれないの」 「…え…」 「それにあの子はヤクザにはならない。物騒な世界には入らなくていいのよ。安心して」

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