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「…及第点」
佳威に似た、だけど佳威とは違う声がそうシンプルに一言呟いた。
そして目の前に立ちはだかっていた黒が動き、地面についていた方の足が、俺を挟むようにベンチへ足を乗り上げる。一瞬蹴られるのかと思いビクッと震えた俺の前に体を落とした。
「えっ」
所謂ヤンキー座り。佳威もよくするやつ。
ただ俺の体を挟んでされるのはもちろん初めてだし近いし何事かと近距離にある顔を見上げた。
なんだろう…なんというか…こう、脅されてるようにも見えるが、ただイチャついてるだけのカップルのようにも見える。その上、余計逃げられなくなったし、とにかく近い。
「追い出すほど悪い奴じゃないな、君は。前言撤回だ。及第点。意味分かるか?」
「……あ…はあ。一応」
ギ、ギリギリ合格ってことだよな?
…合格?なにが?
頷く俺を確認して、近い距離のまま男は上げていた前髪をグシャグシャと掻き乱す。
男性にはよくあることだと思うが、髪型一つでガラリと印象が変わる。陰鬱な雰囲気と言えば言い過ぎだが、佳威が太陽だとすれば醸し出すのはまるで対の月のような空気感。ここまで変わるのも珍しいんじゃないだろうか。
ぱらぱら落ちてくる前髪と暗いアッシュの髪色の隙間から、先程も見た射抜くような視線が俺を伺うように見つめた。
「それにしても君の匂い、なかなかクるな」
「ひっ…!」
未だに目の前の男が誰なのか分からないけど、とりあえず誤解が解けた…のか?と安心した直後。またもや手が浴衣の前を縫って肌に触れてきた。
直接触れる手の平にぞわあと鳥肌が立つ。佳威もどきが言ったように、俺は性的興奮を覚えるとΩのフェロモンが僅かに漏れ出てしまうようで、そういえば有紀にバレた時も同じようなバレ方だったと思い出す。
「少しだけ、遊ばないか?」
「あ、あああ遊ばないです!退いてください!」
「…僕が佳威として迫っても、君は同じような反応だった。本当にただの友人なんだ」
「だからっ、そう言ってるじゃないですか…!」
「…どうせ後で佳威に怒られるなら折角だし」
折角だしってどういう事だ!良からぬ事を考えられてる気しかしなくて青冷めた俺の前で、ふと男が顔を上げた。
俺を見たわけではない。俺越しに何かを見つけて…今まで無愛想に近い無表情だった顔がパアッと明るくなる。
目の下まで掛かる前髪があっても表情が分かる程に嬉しそうだ。
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