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俺がいることも御構い無しで前のめりに体を倒して来るものだから、潰れるくらいにギュッと体が密着する。
「佳威!」
「!」
男が嬉しそうに呼んだ名前にハッとして、俺も後ろへ体を向けた。密着状態で動きづらいが体の隙間から腕を入れて何とか振り向く。
少しだけ遠くに黒の浴衣を着た佳威と、濃紺の浴衣で額に手を当てるケーイチの姿が見えた。ケーイチは確実に疲労感を感じているのに対して、佳威は仁王立ちで固まったように動かない。
「…怒ってるな、あれは。絶対。君のせいだぞ」
「なんでですか…!てか近い!近いです」
視線を佳威の方に向けたまま男が口の端を歪める。どうせ怒られるならと言っていたじゃないか。分かってたくせに俺の所為にするな。
今度こそ本物の佳威であろう人物と、お兄ちゃん的存在のケーイチが現れてくれた事に胸を撫で下ろしたのも束の間。
本当に大変だったのはその後だった。
ーーー
「佳威が悪い!今年は僕抜きで縁日に行くなんて…気になるに決まってるじゃないか!」
「こうなると思ったから呼ばなかったんだよ!」
「試すくらいいいだろう!佳威の連れてきた初めてのΩだ。どんな奴か気になるのは当然じゃないか」
「試す意味が分かんねえっつってんだろうが!つかなんでΩって…舐めた事言ってんじゃねえぞ」
「舐めたのは彼の腹だけだ。佳威の事は舐めてない」
「そんなに殴って欲しいなら最初からそう言えよ。睦人もこの変態好きなだけ殴っていいぞ」
「佳威に殴られるなら本望だな!だが殴るなら順番は佳威を最後にしてくれ。お前の感触を最後に残しておきたい」
「はあ!?変態過ぎて引くんだけど」
「大丈夫。僕が傍に行く」
「きめぇっつの!!」
「………」
「睦人…今日は固まること多いね。お疲れさま」
隣に居たケーイチに優しく肩を叩かれる。遠のきかけていた意識がゆっくりと戻ってきた。
佳威の部屋がある離れまで歩きながら目の前では、同じような背格好で黒の浴衣の虎と龍が言い合いをしている。
佳威と背格好が全く同じ男は前髪を下ろし、無造作に髪を散らかしてはいるが、見上げるほどの長身と整った顔立ちは一般人とは一線を画す。
見た目だけじゃない。俺に見せた寒気のするような視線だって、俺みたいに普通の生活を送っている人間には出来ないと思う。
だから彼の正体を知った時、驚きよりも納得の方が先だった。
「それよりも佳威。変態じゃなくて僕のことはちゃんと兄貴と呼んでくれ」
「俺に変態の兄貴は居ねえから」
「そんな…!」
真相は会話の通り。
佳威に扮して俺に近付いた男は佳威の実兄であり、光田組の次期組長とされる若頭だったのだ。
「ほんとに、もう。睦人突然居なくなるから焦ったよ。…まさか、瑠威 さんに捕まってるとは思わなかった」
龍の返しに明らかにショックを受けた様子の虎。そんな2人を見ながら隣でケーイチが溜息を吐いた。
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