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髪を拭いてくれていた手が止まり、ただ頭の上に置かれるだけの手の感触を、タオル越しに感じた。
「気になる?っていうか…うーん、色々あったし気になってると言えば気になってる、のか…?」
「悪かったな…迷惑掛けて。俺が傍に居たのに結局」
「あっ、ごめん!そういう意味で言ったんじゃない!俺が勝手に離れたんだ。俺の方こそ瑠威さんのこと佳威じゃないってすぐに分からなかったし、友達失格っていうか」
「んなわけねえだろ。あいつ俺の見た目とか話し方の癖とかすげえ見てて、たまにああやって遊ぶんだよ。お袋も一回騙されたことがあるし」
「麗奈さんも?」
十数年間一緒にいる親が自分の子供を見間違えるとは。瑠威さんの変装は随分とハイクオリティらしい。とは言いつつ、佳威が俺の為にフォローを入れてくれている事は明白だった。
「すごいよな、瑠威さんって。最初はヤバイ人かと思ったけど、佳威のこと大切にしてるの凄い伝わってきた。…まあ、そもそも俺がΩじゃなかったらあんな心配させずに済んだのかと思うと複雑だけどさ。気ぃ使ってくれたのに、俺ほんとすぐバレる…」
だいたい髪も乾いてきたし、時間も時間だろう。あとはドライヤーでパパッと乾かさせてもらおうと洗面所に置いてあったドライヤーに手を伸ばす。
苦笑いをしながら喋り続けようとしたら、その手を掴まれた。
「そんな風に言うな」
頭の上から僅かな重みが消えて、視界の端でタオルがひらりと落ちて行く。
「お前がΩなことに悪いことなんて何一つねえよ。今回悪ぃのは完全に兄貴だ。…もし本当に俺とお前がそういう関係だっとしても兄貴が口出ししてくんのは間違ってる」
真っ直ぐに交わる視線。外せない視線に、床に落ちたタオルに目をやることもできないまま、佳威の言葉に耳を傾ける。
「だから、自分がΩじゃなかったらとか、そんな風に言うのやめろ。喜んだ俺が馬鹿みたいだろうが」
優しい言葉に、掴まれた腕の強さが心地いい、と思った。
瑠威さんが肌に触れた時には鳥肌が立っただけだったのに、佳威だと嫌な感じが全くしない。慣れた相手だから?触れる場所が違うから?分からないけれど、それだけではない気もした。
「…喜んで、くれたのか?」
「嬉しいって言っただろ。忘れたのかよ」
「いや…覚えてる」
「じゃあ聞くな」
佳威が笑う。いつもと少しだけ違う笑み。包み込まれるような優しい笑顔。そういえば俺がΩだとバレた後から、佳威はたまにこういう笑顔をするようになった。
αなのにαらしくない。
αであることを忘れそうになる。
出会った頃から佳威はそういう奴だった。
「…つーかお前、兄貴と花火見たいとか言うなよ。ビビっただろ」
「あれは…!俺の言い方が悪かったと思う…。すごい嫌そうな顔されたし」
「ほんとにな。家に呼んだこと後悔しそうになったわ」
「え」
零れ落ちた二文字に、先程までの穏やかな気持ちが一変、嫌な心臓の鳴り方をする。
顔に出てしまったのか佳威が気付いて掴んでいた腕を引き寄せられた。
目の前に広がるのは黒の浴衣。
香るのは、佳威の纏う香水。
片手が背中に回り、僅かな重みを感じた。
「兄貴に惚れたのかと思ったんだよ」
言葉尻に重なるように、ドン、と背後で爆音が轟いた。
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