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「さて」
瑠威さんの、さて、に俺は無意識に肩を揺らした。
花火が終わりケーイチが風呂に入る予定だったのだが、「俺はあとでいいよ。佳威か瑠威さん先にどうぞ」「僕はこの後まだ用事がある。先に入れ佳威」と何故か始まる譲り合いに、仕方なく佳威が風呂へと向かった。
「兄貴。次また訳分かんねえ事しやがったら、タダじゃおかねぇからな」
「何を言う。用事があると言っただろう。すぐに出て行くさ。それにハジメが居るのに何ができるって言うんだ」
「うん、睦人のことなら大丈夫。早く行けよ」
兄は信用ならないらしいが、ケーイチには信頼を置いているのかケーイチの言葉は後押しになった。その上で冒頭に戻るわけだが、瑠威さんはどこか楽しそうに俺の元へジリジリとにじり寄ってきていた。
「なん、なんですか…?用事があるんじゃ」
「ああ、あるさ。君にな!」
「…瑠威さん」
畳に腰を下ろしたまま後ずさると、窓を閉めていたケーイチがこちらを振り返り、控えめに名前を呼ぶ。
「ハジメ、心配するな。虐めるわけじゃない」
「睦人がどうかしたんですか?」
「僕はこの子に及第点を付けた。折角だからその理由を教えてやろうと思って」
及第点。そういえばそんなことを言っていたか。俺に対して合否を付けたことは別として、理由なら少し聞いてみたい。後ずさるのをやめて瑠威さんを見上げると、俺の気持ちが通じたのかストンと腰を下ろした。それも膝と膝がくっ付く程、近くに。
「近っ…」
「近くはないさ。僕はいつもこの距離だ。なあ、ハジメ」
「あはは…そうでしたっけ。でも佳威が見たら怒りますよ」
「それが狙いに決まってるじゃないか。いつもは何をしたって見向きもしてくれないのに、この子にちょっかいを出すとすぐに構ってくれる」
「うーん、素晴らしい洞察力です」
ケーイチが笑って少しだけ離れた場所に腰を下ろす。俺に向かっておいでおいでをしてきたので誘われるがままにケーイチの傍へ寄った。そうして出来たのは瑠威さんとの距離。安心できる距離感だ。
「餌が」
「駄目ですよ。これ以上変なことすると佳威が口も聞いてくれなくなります」
「…それもそうか」
…誰が餌だよ。
不満を漏らしそうになったが、この人に刃向かうのはやめておこう。色々思うことはあるものの、ケーイチの傍に居られることは何よりもの安心材料だと息を吐く。
「そこまであからさまに安心した顔をされるのもなんだか腹が立つな…まあいい。ちなみにハジメは最初から僕が佳威ではないと見抜いてきたんだぞ」
瑠威さんはふんと鼻を鳴らして、誇らしげに体の前で腕を組んだ。
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