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佳威は上質な無地のTシャツに黒のジャージを履いていた。首にタオルを掛けてお風呂上がりだと一目で分かる。彼と同じ高校に通う近寄ることさえできないファン達が見れば、鼻血が止まらないであろう貴重な姿だ。
実は全く同じジャージを持っている瑠威なのだが、間違いなく非難を受ける事を理解していて弟には秘密にしている。
「あの子は興味深いな」
壁を背凭れに腰を落ち着けた弟に向かって、瑠威は両方の口角を上げた。
「睦人?」
「あんな普通なΩ初めて会う」
「悪口かよ」
「悪口じゃない。思った事を言っただけだ」
ジロリと睨まれて、瑠威は首を振った。既に一度は認めた相手。わざわざ本人のいない場所で陰口を叩くなんて事はしない。
「僕がαだと分かっても全然媚びてこないし、毛嫌いするわけでもない。どちらかと言うと試した時に怖い顔をしたのが怖かったみたいだな。面白いくらい怯えてくれる」
「それについては俺マジで怒ってるから」
「佳威…!光田組として不穏因子を家の中に入れる訳には行かないんだ。分かってくれ」
「俺が認めて連れて来てんだからそれで充分だろうが」
「もしかしたら将来の家族になるかも知れないじゃないか」
「…なんねえよ」
すい、と視線を逸らす佳威。吐き捨てるような乱暴な言い方。なのにどことなく憂いを感じる仕草に、瑠威ははて?と首を傾げる。
「ならないのか。随分気に入ってるみたいだったけど。あの子は分かりやすい。見てて飽きない」
「兄貴…あいつに散々嫌がらせしといて気に入ってんのか?」
「あの子はいたって普通なんだよ」
「だからそりゃ悪口…」
「普通に接して普通に友達のように裏を読まずに話ができるなんて、そんな普通あるか?」
佳威は兄が友人の事を普通普通と何度も連呼する意味を探る。だいたいは分かっているようで、続きを促すよう瑠威へと目を向けたまま瞬きをした。
「αとΩだぞ?ケーイチのようなβならまだしも、あの子は佳威と本気で友達として居られると思ってる」
「……別にいいだろ」
「僕たちはいつも囚われてばかりだな」
瑠威が大袈裟な動作で両手を天井に向けて広げる。自由な筈なのに自由とは程遠い。選ぶ権利はαにはない。
αであれば選び放題などという妄言はよして欲しい。
どんな大恋愛をしたところで、そこにΩが現れてしまえば今まで信じていた世界がガタガタと崩れ去る。どうしても気になってしまう。ひとたび恋に落ちてしまえば待つのは天国か地獄か。両極端な未来のみ。
兄弟の脳裏にまるで示し合わせたかのように先日のニュースが流れた。Ωに溺れて拉致監禁までして手に入れようとした同種のα。
ニュースだけじゃない。この家に居ると嫌でも裏の闇情報が耳に入ってくる。合法的な手段さえ選ばなければΩを無理矢理囲うことなど容易いのだ。
ありえねえだろ。
気が狂ってる。
ニュースを見た時の二人の感想はたったそれだけだった。それだけしか言えなかった。
自分たちを産んだ母親がΩであるから、例えばΩが現れたとしても無理強いは絶対にしたくない、と兄弟共に同じことを考えている。
しかし、同じ轍を踏まないと言い切れる自信はない。いつも心の何処かで渇望しているのだ。
唯一無二のΩという存在に。
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