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結果的に言えば五千円を使い切る事はできなかった。 「早く帰らないと溶けちゃうな」 「睦人自分のはすぐに決めたのに、瑠威さんのアイスはすごい悩んでたもんね」 「だって俺あの人にかなり嫌われてるし…これ以上下手なことして帰れとか言われたらさすがに凹む」 「あはは、ほんとに嫌ってたら絡んでさえ来ないよ。そこは兄弟揃って分かりやすいから大丈夫」 長い付き合いなだけあって、ケーイチは瑠威さんの事もだいぶ把握しているらしい。こんなに真剣に人の食べるアイスを選んだのは初めてだった。 ケーイチと佳威の分はアイスコーヒーを買ったようで、ビニール袋から薄っすら透けて見えたのはブラックコーヒーの黒。 ケーイチは人工甘味料の甘さが苦手。佳威は甘いもの自体が得意じゃない。今後の為にもよく覚えとこう。 「………」 コンビニへのおつかい帰り、二人で街灯だけが頼りの夜道を並んで歩いていた。 会話が途切れてカラン、コロンと軽やかな音が鳴る。ケーイチがまだ浴衣のままだから、履いて来ていた下駄が地面を蹴る音だ。 ケーイチは佳威の家を出てから来た道を戻る今まで、いつも通りに会話をしてくれた。 多分このまま俺が何も聞かなければ、今日あったことは無かったことになるんじゃないかと何となく思う。 話したくないなら無理に聞き出さない方が良いのかもしれない。間違いなくデリケートな部分だし。掘り返さなければこのままの雰囲気のまま佳威の実家に戻って、みんなで楽しくアイスを食べて、寝て、終わりだ。多分。 モヤモヤは残るかも知れないけど、なかった事にするのは色々と楽だろう。 でも、もし、の事を考えた。 「…あのさ」 もし言いたくないから言わなかった訳ではなく、言わないように我慢をして来ていたのだとしたら? 何度も辛い思いをしているのに必死に我慢して自分の中に閉じ込めていたのだとしたら… 「ケーイチは…佳威の事が好き?…なのか?」 これは自己満だと思う。自己満な上に自意識過剰かも知れない。それでも俺はこれ以上知らない間にケーイチを傷付けたくない。 傷付けてしまったなら傷付けたことをちゃんと知っていたい。 知らなかったから、で済ませたくないんだ。 ケーイチが言葉を発する迄には間があった。考えてるんだと分かったから、俺も返事の催促はしない。 同じ方向に歩きながら、手に持っていたビニール袋がぶつかった。 「……別に俺、睦人の事が嫌いな訳じゃないよ?」 街灯の光に誘われるように飛んでいた小さな蛾がバチバチと接触音を立てる。驚いたように大きく離れては、また同じことを繰り返す。 ケーイチは一度だけそちらに目を向けて、すぐに進行方向へと戻した。 「…佳威と初めて会った時ね、こんなに格好いい奴が居るんだって、驚いた。…って言っても出会ったのは小学3年生の時だったから、まだまだ子供の、幼い佳威だったんだけど」 どうやら話をしてくれるのだと分かり、再度ぶつかって気が逸れないようビニール袋を反対の手に持ち直す。 俺の動きを横目で確認して、ケーイチは話を続けた。

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