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対して俺は渥の横に並んでも恥ずかしくないような何かをしているんだろうかと、ふと思った。 幼馴染という過去に甘えていたから渥は学校では話し掛けてもくれないし、並んで歩くなんてことをしてくれないのか? ケーイチと佳威のように、俺も渥の横を歩いても文句を言われないような努力をしていれば、まだそうだと決まった訳じゃないけど「俺の為に他人のフリをする」なんてこと無かったのかな。 今は関係ない話だと分かってはいるのに、不意にそんな疑問が浮かんだ。 「文句を言われることなく安定した生活を送れるようになった頃に、睦人は俺達の前に現れたんだよ」 ケーイチがこちらを向いた。その表情に嫌悪は見えない。でも笑顔もない。ただ淡々と起こったことを話しているみたいだった。 「最初はΩが来るって先生から聞いて、頼むぞって言われても何とも思わなかった。あの学校は他にもαはたくさんいるし、どうせ佳威の家のことを知ったら距離を取って行くだろうなって思ったんだ」 「距離…なんて俺は」 「そうだね。睦人は驚きはしたけど全然引かなかった。出会って最初からバラしたのに、意味なかったよ」 苦笑するケーイチ。むしろ俺はあの時何を考えていただろう。 家なんて次男だから関係ない、と言った佳威の言葉を素直に飲み込んで、自分の生まれた環境に左右されずに生きていこうとする姿勢に感心した。俺もそんな風に生きてみたいと思った記憶がある。 「それに佳威も睦人を良い匂いだって言って最初から気に入ってた。珍しいなって思った。睦人も佳威がαだと分かっても態度は変わらなかったし、俺、こんなΩも居るんだってビックリしたんだよ。佳威がαだってだけで近寄って来る他のΩなんかよりずっとずっと…比べることすら失礼なくらい俺も睦人のことは嫌いじゃない」 でも、と続く言葉。 その先に続くのが楽しい話じゃないことは分かっていた。 「でも、全然嬉しくなかった。同じ男であってもΩはこんなにも簡単に佳威の気持ちを奪えるんだ。…羨ましいって」 八つ当たりだよね。自嘲気味に笑ったケーイチに対して、すぐに言葉が出てこない。 その瞬間がケーイチにとって、自分の気持ちに気付く瞬間だったんだろうか。 ――羨ましい…か。 俺はバース検査で自分がΩだと分かって、何度も検査結果を確認した。 夜寝る前に見て、夢の中で実は間違いだったという夢を見る。起きてすぐに気持ちが高揚したまま検査結果を確認して――落胆する。それを何度も繰り返した。 Ωであるというだけで周りより一つも二つも劣ってしまった気がして、否定したいのに紙に書かれたΩの文字は消えないのだ。 なのに、状況一つで俺のバースは「羨ましい」に変わるのか。

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