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「……睦人…?」
ケーイチが俺の顔を覗き込む。どんな顔をしていたのか、ケーイチは困ったように眉を下げた。
「あ……そ、そりゃそうだよな!Ωだったらって思っちゃうよな。俺もきっとケーイチと同じ立場だったら思ってたよ。そんなの…」
今度は俺がケーイチから目を逸らしてしまった。真正面から見られない。
小さな頃から佳威のことが好きなケーイチ。Ωしか恋愛対象じゃない佳威。そこに現れたΩの俺。
ケーイチの気持ちも知らないで呑気に佳威の隣に立ってさ、そんなの腹立つに決まってる。嫌いになるに決まってる。当たり前だろ。むしろケーイチは俺に対して酷い対応もせず、優しくしてくれたじゃないか。
足が止まった。
「………」
分かってるのに、どうしても俺は自分のバースが嬉しいと思えない。
また佳威に怒られるのかも知れないけど「俺がΩなせいで」と思ってしまう。
羨ましいって本当にそう思うのか?本当に?
だってこんな風に友達を傷付けて、無理させて。
俺はケーイチのことが大好きだし大切なのに、ケーイチにとって俺は邪魔なだけだったなんて…
俺の存在は負でしかないじゃないか。
「そうやってすぐに、抱え込む」
2、3歩歩いた先で同じように足を止めたケーイチがこちらを振り返った。
そして立ち止まったままだった俺に近付いてきて、目の前で再び足を止める。
「俺の気持ち聞いたって睦人にはどうすることもできないでしょ。わざわざ自分が傷付く道を選んでどうするの?睦人ってバカなの?」
「バ…」
「俺が我慢できなかったのも悪いけど、自分だけが悪いみたいに考えて抱え込んで…俺だって睦人が知らない所で最低な事してるんだよ。教えてあげようか?」
「………い、いや…いい」
何故か嫌な予感がしてケーイチから離れようとすると、手首を掴まれた。
「聞いてよ」
「…いいって…聞きたくない…!」
「聞きたいところだけ聞いて、聞きたくない事には耳を塞ぐんだ?」
「…っ」
それは随分都合がいいね。
そう言われているみたいでハッとした。確かに最初に話題を出したのは俺であり、ケーイチの言うことは正論だ。
ゴクリと唾を飲み込むと、ケーイチは再び口を開いた。
「…睦人に初めてヒートが起きた時、俺が連絡したんだ。ヒートが始まったって。副作用で苦しんでるのに同じ薬を飲んで過ごすんだって」
「!……ま…まって!…待って、くれ」
鼓動がゆっくりと早くなっていく。聞いてはいけない気がした。これ以上聞いては駄目だ、と心が危険信号を出している。
だけど耳を塞ぐ事も出来ず、ただただケーイチの顔を見つめる事しかできなかった。
「家に来たでしょ?…あれ、俺が教えたんだよ」
するり、と――頭のどこかで絡まったままだった糸が、するりと解ける感覚。誰かなんて聞き返す方が野暮な話だった。
「いっそのこと、誰かのものになってしまえばいいと思ったんだ」
そう言って笑ったケーイチの笑顔は、いつもの俺が安心できる笑顔じゃない。
例えるならば、笑うことが苦痛であるかのような、ぎこちない笑顔だった。
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