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「バイト?」 次々と運ばれてくる頬が落ちるような中華料理の数々に舌鼓をうちながら、父親達との会話に穏やかな時間を過ごしていた時――親父さんの台詞に首を傾げた。 「ちょうど来週から会社の近くで小さなイベントがあるんだ。うちは美容関係の医薬品も出しててね、たまにCMもしてるんだけどそのCMに出てる女優さんのトークイベントがある。人が集まるから同時にアンケートを取りたいと思ってて。それを手伝う簡単なバイトだよ」 商品名を聞けば聞いたことのあるものだった。もちろんCMだって見たことがある。出演しているのは女性ながらにキリッとした顔立ちで、可愛いより格好いいような女優さんだ。 有紀がデザートの杏仁豆腐を美味しそうに頬張る向こう側から、親父さんが俺を見た。 「さっき家に篭ってばっかりだと言っていたから、気分転換にどう?もちろんお父さんの承諾は必要だと思うけど」 「父さんはりっちゃんがしたいならすればいいと思うよ。折角の夏休みだし。でも前の学校はバイト禁止だったからバイトなんてさせた事ないんだ。恭介くんの会社に迷惑かけないか心配だなあ」 父親の言う通り、前の学校は無駄に校則が厳しくアルバイトは禁止だった。校則を破ってまでバイトしたい何かがあるわけでもないので律儀に守っていたので初体験となる。 「ああ、そうなんですか。大丈夫。当日は他にもスタッフを配備しますし、渥か有紀にも手伝わせようと思っていたから」 「俺するー!」 親父さんに向かって有紀が杏仁を手に持ったまま挙手をした。突然テンションの上がった息子に親父さんは呆れた表情を作る。 親父さんの口から出た渥の名前にチラリと当人を盗み見れば、渥も同じような視線を有紀に向けていて親子の遺伝子を感じてしまった。 「有、お前は…あれだけ嫌がっていたのに手の平を返したようだな」 「だってリクがいるなら行かない理由がないもん。人がいっぱい来るだろうしリク一人は心配だよ〜、ね?」 ね?と様子を伺われたが、その心配される側の俺にどんな返事を求めているんだ。アンケートくらい一人で取れる。…はず。 「あの、やりたいです!俺で良ければ」 「本当に?ありがとう睦人くん。なら後で当日のスケジュールを渡すよ。もう少ししたら車が来るからそれに持って来させよう」 親父さんは俺の返事に頷いた。デザートも食べ終えたしもうそろそろお開きの時間みたいだ。父親達はこれから当初の予定通りお酒を嗜みに行く。車が来るって事は離れた所に店を変えるのだろう。 親父さんは俺の父親にこれから行くであろうお店の話をしている。俺は残ったドリンクを飲み干そうとコップを持ち上げている所で、扉が三度ノックされた。 「?、はい!」 店員かと思い扉に近い俺が咄嗟に返事を返すと、扉は静かに開く。 現れたのはいつぞやに見た栗色の髪が印象的な、綺麗な男の人だった。

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