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「渥!」
店の外に出て渥の姿はすぐに見つけることができた。俺の呼び掛けに振り返るといつもの調子で「なに?」と返事が返ってくる。
足を止めてくれた渥の側まで近寄って顔を見上げた。
「お前、親父さんと喧嘩でもしてんのか?」
「…随分ストレートに聞いてくるな」
「え…ご、ごめん」
「もお〜リクなに急いでんのー?」
お店のドアから有紀が気怠げに姿を現し、俺と渥を視界に入れる。先ほどの俺と同様に側まで近寄ってくると俺の横に立った。
「なに?なんの話?」
「…ん、そんなたいしたことじゃないよ」
「えー!?気になる気になる!」
「気にならない!気にすんな!」
「無理ぃ〜」
有紀がギュウと横から腕を回して両手で抱き締めてくる。まるで頭を抱き込まれているみたいな格好で、正直暑い。時刻は夜だが風もなくまだまだ夏の気温だ。
「暑い!」
「じゃあ何話してたか教えて!」
「何って別にたいしたことじゃ…なあ、渥」
「ああ。たいしたことじゃない。俺があの人と喧嘩してると思ったんだと」
「おっ……」
「父さんとのこと…?」
言わない方がいいのかと濁していたが、渥は俺に抱き着く有紀に向かって躊躇うことなくそう告げた。
「まあ気になるなら有紀に教えてもらったら?俺はもう帰る」
「え!?いや、ちょっと待てって…!」
「リク…っ」
さっさと歩き出してしまう渥を追って、有紀の腕から抜け出した。気が逸れていたのか簡単に抜け出せることはできたが、離れる直前にパシッと手首を掴まれる。
「俺たちも帰ろーよ!送ってくから、ね?」
声のトーンも喋り方もいつもと変わらないのに、振り向いた先にいる顔は眉が下がって子犬のようだ。
普段の俺だったら「分かった分かった。帰ろう」と頭を撫でてやるんだろうけど、今は姿が遠くなる渥を追おうと足が急ぐ。
「ごめん…今日は一人で帰れ。俺ちょっと渥と話したいことがあるんだ」
「やだ。行かないで」
「…有紀」
「お願いだから、俺と帰ろ…?」
有紀お得意の攻撃。こういう時ばっかり弟みたいな立場を前面に押し出してくる。
甘えたように首を傾げて俺を窺い見てくるが、今日だけは駄目だ。渥のことだから今を逃すとまともに話をして貰えない気がする。
それに俺はまだ聞きたかった事を聞けてない。
「…ごめんな」
掴まれた手の上からソッと触れて手を離れさせた。
これ以上有紀の顔を見ていたら後ろ髪を引かれてしまい追い掛けられなくなってしまう。
クルリと背を向けて渥の背中を追って足を踏み出した俺を、有紀は追ってくる事はなく、呼び止めもしなかった。
珍しく聞き分けの良い有紀に心の中で謝りながら、俺は前を行く渥に追い付くため熱帯夜を走り出した。
ーーー
「…俺は、少しだけ話がしたかったっ、だけなんだけど」
「話せばいいだろ。聞いてやるよ」
「っこんな状態で話せるわけないだろ…!」
焦り気味に抗議する俺を見て、今にも噛み付かれそうな距離で渥はニヤリと口角を上げた。
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