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追い掛けた渥に「少しだけ話がしたい」と告げれば「暑い」と返され、とにかく一回家に戻りたいということだったので仕方なく付いてきた。
お邪魔したのは俺がヒートの時にお世話になってしまった方のマンションだ。もちろん訪れたのはあの日以来となる。
寝室に入っていく渥に、流石にそこについていくのは不味いと思いリビングの黒張のソファーで待つことにした。が、どうにもそわそわする。
そういえばここでも一回したっけ…なんて思い出さなくていいことを思い出して変な声を上げそうになった俺の元に、恐らく部屋着であろうTシャツに着替えた渥が戻ってきた。
そして微妙な顔をしていたであろう俺を見下ろして、流れるような動作で押し倒されたのだ。
「退けって!」
「落ち着けよ。そもそも一回ヤッた相手の部屋にノコノコついて来るなんて、男としては“そのつもり”なんだと思うだろ。一般的に考えて」
「いっ、一般的に考えるな…!俺はそんなつもりで来たんじゃないし、お前だってヒートじゃない俺なんかに何も感じないだろ!」
「一理ある」
うっ…一理あるって…。それはそれでちょっと複雑だから、何かしら言い返して欲しかったんだが。
「だったら、なおさら離れろよ」
「どうせ思い出してたんだろ?ここでもしちゃったこと」
「んな…」
「俺に抱き付いて離れなかったもんね?お前」
「〜〜っ、あれは…!」
否定できない内容だが、何か弁解できないかと口を開いた俺に、渥がぐっと顔を寄せる。
やばい!キスされる…!?っと思わず目を瞑って身構えたが、唇に何かが当たる感触は無く、そろり…と目を開けると渥の意地悪そうな笑み。
「ご期待に添えず」
「き、期待なんかしてないっつーの!っああ、もう…!ん!?」
また揶揄われたのか、と恥ずかしさで暴れそうな俺に、渥は不意打ちでキスをした。
数秒だけの触れるだけのキス。ただそれだけなのに心臓が跳ねて、体が熱くなる。
「やめ…っ、ろ!」
「口では嫌だのやめろだの言う癖に、すぐにΩの匂いさせてくるな」
唇を離し、くん、と匂いを嗅ぐような仕草をした後に渥は目を細める。
自分のどうしようもないΩの部分を笑われた気がして、喧嘩でも売られたかのような気分になった。
「っ、お前だって!俺のこと避ける癖にやたらキスしてくるじゃん…!今だって、なんで、俺にっ…」
「キスなんて挨拶みたいなもんじゃないの」
「キスが挨拶なのは外国だけだ!っ…馬鹿!」
思わず低レベルな悪態をついてしまった俺を見下ろした渥は、面食らったような表情をした後にふにゃと猫のように笑った。
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