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口を挟んでくる気配はない。まだ話を聞いてくれるつもりなのか。それなら。 「…俺、ケーイチの話聞いて思ったんだ。俺が頼りないから隣に並ぶに値しない人間だから、駄目なのかなって…それなら俺もケーイチみたいに勉強、頑張ったりするから。得意じゃないけど頑張るし俺、だから…」 うわ、駄目だ。値しない人間って自分で言っておきながら結構つらい。鼻の奥にツンと刺激が走る。女々しいな。女々しい感情に囚われる自分なんてこれっぽっちも好きじゃないのに。 またその顔か、なんて言われるんだろうか。 「もういい」 渥は俺の顔を見ながら短くそう言った。呆れたのかと思ったが、言葉のわりに言い方はキツくない。 ぐに、と頬を親指と人差し指で押されて強制的に言葉を噤む。誰も喜ばないだろう俺の予期せぬアヒル口。優しい触れ方だった。 「さっきも言っただろ。俺の幼馴染は睦人だけだって。睦人だから会いに行った。値しない人間にそこまでしない。お前、分かれよ」 分かれよ、と言われても。頬を押さえる手の感触と目の前の渥の口から紡ぎ出される言葉の意味に脳が追いつかない。スペック悪すぎだ、俺の脳味噌。 渥は混乱している俺から手を離しながら、真顔で「一般的に」と前置きをした。 「一般的に考えたらわかると思うけど、誰だって幼馴染が副作用で苦しんでるなんて聞いたら、何とかしてやりたいと思うだろ。ある程度は」 「………一般的に?…ある程度?」 「一般的に、ある程度」 おうむ返し。ある程度のレベルがおかしいんじゃないのか、の言葉は飲み込んで。 ようやく稼動し始めた脳味噌が意味を理解して、我慢できずに笑みが溢れそうになった。 先程押し倒された時に聞いた一般的に、とは大きく違う。何が違うって聞いてる俺の感情が180度違う。 「渥」 「…嬉しそうな顔」 「嬉しいに決まってるだろ。だってそれって…俺のことちゃんと幼馴染だって、親友だって思っててくれたってことだろ…?」 「残念ながらな」 残念ながら、そうである。 という意味だときっと誰しもが捉える。 無愛想に返事をするが、その返事はここ数ヶ月で一番嬉しい返事だった。そんな返事が貰えるなんて思わなかった。 そうか。そうなんだ。 ――そうだったんだ…。 俺のことが嫌いで、言葉を交わすことさえも苦痛になっていたわけじゃなかったんだ。相応しくないと思っていたわけじゃなかったんだ。 「………」 待てよ。 じゃあ何故俺は拒絶されたんだろう。 「……も一個聞いていいか?俺のことが嫌いになったわけじゃないなら、なんで最初…俺に近寄るななんて言ったんだよ」 「無力だから」 「無力?…俺が?」 「俺が」 俺が、と言った渥。わざとらしく言ったわけじゃない。それは己が、ということか。

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