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こんなにも自信満々で、αの中でもさらに三角の頂点に近いような男が言う無力の二文字。自分には力が無い。漢字そのままの意味。どう考えても不似合いすぎる。 「だから…」 ――だから? 「睦人が望む関係には戻れない」 「!?………っ、なんで…?」 「…お前は俺がαだろうとβだろうとΩだろうと関係ないってそう言ったよな」 「…あ、ああ。言ったよ。関係ない。渥は渥だ」 なんだ…これ。 突然過ぎじゃないか。今の流れで、何故そうなる?戻れないって、なんで。幼馴染で、親友で、お前は渥だ。無力だからなんだっていうんだ。荒木だろうと黒澤だろうと俺の唯一無二の存在なのに。どうして。 「それでも俺はΩが嫌いなαで、お前はΩだ。その事実は変えられない。たぶん、一生」 いっしょう。 ――目の前が真っ暗になった。 しばらく呆然としていた気がする。 動けない俺を見て「送る」と言われて腕を引かれた。抵抗しようと思った。 だけど抵抗したところで俺はこんなにも意思の固い渥になんて言えばいい…? 嫌いになったわけじゃない。 相応しくないと思っていたわけでもない。 ただ、友達には戻れない、と言う渥に。 俺はなんて声を掛けたらいいって言うんだ。 先に靴を履いた渥が玄関の扉を開ける。俺も重く感じる体で揃えていた靴を履いた。 扉を開けた渥は廊下の右側を見て何故かピタリと体の動きを止める。俺からはそこに何があるのか見えなかった。 何を見つけたのか、数秒後、聞こえてきたのは小さく息を吐く音。 気になって渥の後ろから顔を覗かせると目が合った。二つの目。黒というより茶色が強い。 俺と目が合った途端に、色を付けたようにパァと華やぐ。 「リク〜!」 「有紀?…て、なんでここに居るんだ」 壁に背を付け体育座りのように両膝を抱えた状態の有紀がそこに居た。 俺の通れるスペースまで扉を開けた渥は、有紀を見下ろしながら呆れた顔で呆れた声を出す。 「…なにお前、ストーカーなの」 「俺ん家ここだもん」 「お前の家はもう二つ下の階だろ」 「いーの!それよりリクもう話終わった?」 「…終わった…ていうか……」 終わらざるを得なかったというか。どちらにしても同じことか。チラリと見たが渥はこちらを見てはくれなかった。 俺たちの様子を見上げながら、大きな瞳で瞬きを繰り返した有紀はパッと立ち上がる。あまりにも小さく丸まっていたからか、スラックスに包まれた腰から下の両足の長さに今更ながら驚いてしまった。 あっという間に俺より高い位置に顔を持ってきた有紀は俺の手を握り締める。 「手、つめた…!」 高級マンションなだけあって廊下も快適な空調管理がされており暑くはない。それにしても冷たすぎる有紀の手の温度にギョッとした。

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