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「あれえ?ごめんね。血が通ってなかったのかなあ」 あはは、といつも通り軽い調子で笑う有紀。その笑顔が渥へと向けられ、俺の手を掴んでいない反対の手を右へ左へゆっくりと振る。 「話終わったんなら、連れて行っていいよね?俺が家まで送る〜」 「…暇人だな」 「暇じゃないしー!大切なリクの為に使う時間は確保してんの!…リク〜、もう外真っ黒だよお。早くかーえろ」 少しだけ強めに手を引かれて、体は玄関より外に飛び出した。 俺が廊下に出たことを確認すると、有紀は手を掴んだまま前を向いてスタスタと歩き出してしまう。 俺はエスカレーターまでの道で、一度だけ後ろを振り返った。 渥のことだから既に扉を閉めて、部屋に引っ込んでるんだろうけどさ… それでも後ろ髪を引かれるような感覚で、ちらりと後ろに顔を向ける。 「……」 振り返ると扉は開いたままだった。 そして、喜怒哀楽が分からない無表情の渥と目が合った。 何の感情も読み取れないのに、何故かズキリと痛みを感じる。その痛みの発生場所が、胸なのか頭なのかは分からない。どちらも同時に痛んだ気もする。 ――友達に戻れないなら、一体お前の何にならなれるんだ。…俺は。 脳内で問い掛ける。聞こえる筈もない問い掛けに、渥は無表情を崩すことはなかった。 ーーー 「アンケートはこちらで回収してます!」 アンケートを終えたいかにも美にお金掛けてます的な女性の二人組が、俺の声に反応してこちらへヒールを鳴らして歩いてきた。 20代だと思しき女性達に緊張しながらも、それぞれから記入し終えたアンケート用紙を受け取り、笑顔を作る。 「ありがとうございました。こちらは新商品の試供品となります。良ければお持ち帰りください」 「ありがと、お兄さん」 「バイト?頑張ってね」 「あっ、は、はい!ありがとうございます…!」 朝から何度も繰り返してきた台詞。お昼を過ぎた頃にはスラスラ言えるようになっていたが、こうした突然の会話には多少どもってしまう。 学校では接する機会のない年上の、さらにはこんな綺麗なお姉さん達だと尚更だ。 俺の反応に「ふふ」と悪戯っぽく笑うと、お姉さん達は再び高いヒールを鳴らして、イベント会場へと向かって行った。 はあ…緊張した… 「ああいうのがタイプなんですか?」 「…え!?」 「いえ、明らかに挙動不審だったので。分かりやすいね、睦人くん」 「タ、タイプとかじゃなくて、綺麗な人には緊張するというか…」 「え?綺麗でした?私には少し塗り過ぎのように思えましたけど。汗で少しファンデーションがよれていましたし。肌だけなら睦人くんの方が綺麗ですよ」 「………」

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