245 / 289
17
真っ白なテントの下。
日陰の中で背後からは涼やかな冷気が送られてくる。屋外であるが暑くはない。
俺自身少しでも涼しい格好をしようと思って今日は白いTシャツにデニムというラフかつ、涼しげに見える格好にしてきたのも一つの要因だろう。
首からは下げているのは「STAFF」の文字カードが入ったネームホルダーだ。
これは夏の終わりとはいえ、こんな日中の暑い時間に隣でスーツを着て汗ひとつ流さず涼しい顔をしている灰崎さんに手渡されたものだった。
彼は渥の親父さんの秘書である。
繊細で中性的な顔立ちなのに、女性的とはまた違う。美人な男性?といえばいいのか。的確な表現が難しいが、とにかく綺麗な顔をしている。
特徴的なのは僅かに上を向く上唇。天然のアヒル口というやつだ。女の子でも十分可愛いけど、男の人のこの形の唇も結構可愛い。
「何かついてますか?私の顔に」
「いえ!何もついてないです」
「突然凝視されると困ります」
灰崎さんが言葉通り困った顔を作る。への字。すみませんと謝ると「冗談です」と笑われた。
今日は例の商品の宣伝イベントと、同時に行うアンケート調査を手伝う簡単なお仕事の日だ。
バイト内容は文字通り簡単だった。
普段使っている基礎化粧品やお肌の悩みなど、アンケート自体難しい内容ではないので俺に質問がくることはまずない。
強いて挙げれば試供品の使うタイミングを聞き返されると最初分からず戸惑ったことくらい。
その時だ。この灰崎さんが颯爽と現れて「こちらはですね…」とスラスラ説明をしてくれたのは。
それから何故か灰崎さんは俺の側に居る。あれ?消えた!と思ってもいつのまにか戻ってきていて俺に世間話を振ってくる。
社長の秘書がこんなところで油売ってて大丈夫なのか?とオブラートに包んで聞けば「黒澤たっての希望なので」との返答が。
意味が分からないが、実は当日居るはずだった有紀がスタッフの欠員によりイベント会場の方に回されてしまった為、顔見知りがいるのは正直心強かった。
トークイベントは午前と午後に分かれており、今はちょうど午後の部が始まる時間。
トークが始まってしまえば終わるまで有紀の仕事はないらしくこちらに顔を出すだろう。午前がそうだったんだ。
「灰崎さん、暑くないんですか?」
「暑いですよ。当たり前じゃないですか」
「ジャケット、脱げばいいのに」
「私は会社の中を出たり入ったりしていますので、いちいち脱ぐ方が面倒なんです。お気遣いありがとう」
「そ、そうですか…」
今日イベントに来たお客さん以外だとほぼ灰崎さんとしか喋っていないのだが、この人なかなかにクセが強い。
書籍の購入
ともだちにシェアしよう!