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つい数分前に上出来とは言い難い策ではあるが、無ではない表情に変えることができたと思ったのに。 見上げた渥からは人間の温かみや、喜怒哀楽のほとんどが一切感じられない。 かろうじて分かるのは静かな怒り。多分怒り、だと思う。正確には分からない。ただ心が騒つく。 冷め切った切れ長の瞳は左右に動くことなく、灰崎さんを見下ろしていた。 その瞳はまるで汚いものでも見るかのようで…こんな渥、見たくないのに目が逸らせない。 「………」 言葉を失ってしまった。 当初、俺に見せていた冷えた表情なんて、たいしたことないように思えてしまう。度合いが違うというか、本気度が違うというか。 もし今、渥の視線の先にいるのが灰崎さんではなく俺だとしたら…ふとそんなことを考えてしまい、ゾッと鳥肌が立った。 「………もう誰も来ないでしょう。そろそろ此処は片付けては。灰崎さん、あの人が呼んでいます」 感情を押し殺した声。 突然事務的な話を振られ灰崎さんも「…片付け次第すぐ向かいます」と同じように事務的な返事を返していた。 「…うん、失言でしたね。反省します」 渥が去った後、灰崎さんが椅子から立ち上がりながら独り言に近い声量で呟いた。 俺も同じく立ち上がりパイプ椅子を畳む。 顔だけ向けると灰崎さんは苦笑いを浮かべていた。 「すみません。大人気ない所を見せてしまって」 「…いや、全然。…なんかあったんですか?」 「…ないとは口が裂けても言えませんが、また変なことを言って渥くんに怒られるのも避けたいので、私の口からは…まあ全面的にわたしが悪いんです」 言葉を濁す灰崎さんにそれ以上聞き返すことはできなかった。 落ち込んでいるような様子に意外と喜怒哀楽がハッキリした人なんだな、と僅かに親近感が湧く。 「…俺も渥には避けられてますよ。あいつ誰にでもあんな感じです、きっと」 励ましのつもりで言葉を探せば、灰崎さんから戻ってきたのは失笑。 「睦人くんの場合は好き避けってやつじゃないんですか?」 「そうですよ、だか……ら?」 ――スキサケ? 落ち込んでいたと思っていたのに、今やテキパキと片付けを始め出した灰崎さんに怪訝な顔を向ける。 そんな俺に対して同じように怪訝な顔をし返された。 「変なこと言いました?」 「な、なんですかスキサケって」 「好きだから避けちゃうあれですよ。ご存知ない?」 ご存知、ないことはない。存じている。 渥が好き避け?俺のことを?それは… 「ないないない!ありえないです!それだけは断じてない!!」 「そんなに否定しなくても」 「だって、俺、お前とは友達には戻れないって言われたんですよ!?」 「…またハッキリと言われましたねえ」 「バッサリですよ……正直渥に会えるかもってあの学校に決めたので、そんなこと言われるなんて夢にも思ってなかったです。かなり凹みましたし……あー、だから好き避けはないです。絶対。100%」 ため息混じりに言い切ると、忙しなく動いていた灰崎さんの腕が止まる。 「随分とご執心なんですね。彼に」

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