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僅かな差とはいえ、最初はケーイチの夏休み前とのギャップに動揺を隠せなかった。 が、冷静に考えると、そりゃもう隠す必要なんてないからそうなるか…とだいたい三日目ぐらいには納得もできていた。 昼休み。 三人でご飯を食べ終え一人トイレに向かった俺は用を足して手を洗う。何の気なしに鏡に写った自分を見て、何故か脳内に浮かんだのは灰崎さんだった。 あの人は一度見たら忘れられない。 Ωでありながら、大企業に勤めて社長の秘書をこなし、あの渥そっくりな親父さんの横に立っていても見劣りしない。まるでαみたいに絵になるΩ。 灰崎さんのような人間ならまだしも、こんなポッと出の平凡顔のΩなんて腹立つに決まってるよなあ… 自分で自分の考えに納得してしまう。 鏡に映る自分の顔から目を背け手洗い場を離れた。 「あ」 トイレから出た先の廊下で、先程まで学校に来ていなかった生徒の姿を見つけてしまった。 向こうも俺に気付き顔だけがこちらを向く。声をかけそうになって、慌ててトイレに引っ込んだ。 「…っぶねぇ」 出くわした渥に、普通に話し掛けようとしてしまった。 学校で話し掛けるのは禁止だ。それも俺のことが嫌いだからとかじゃなくて、雰囲気的に俺の為っぽいし守ったほうが得策だよな。 「………」 それに、やっぱまだ直接顔を見て話をするのはちょっとキツイ。 だって掘り起こした爆弾その二はあいつだし。 友達には戻れないとキッパリ宣言された。僅かな希望すらも見つけられなかった。 渥もケーイチ同様、夏休みのバイト以来会っていない。 その間俺はずっと渥の言葉の意味を考えていたが、冷静に考えてみるとそもそもの原因は俺にあるのではとの考えに辿り着いた。 仕方ないとはいえヒートの誘惑に負けて渥に縋り付いたのだ。俺の方から。 一度でも致してしまった相手と普通の男友達に戻るというのは難しい気がする。世間一般的にもきっとそうだ。 だから渥のあの発言は妥当というか… 正直まだ立ち直れてないけど、受け入れるしかないのかも知れない。仕方ない。俺が悪い。 「バカだよなあ…」 未練がましく溜息をつきながら個室へ向かう。渥が去るのを待とう。幸いにもトイレに生徒は居ない。俺が二度も用を足す変な奴だと思われなくて済みそうだ。

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