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11「A」◎

今にして思えば桐根は楽だった。 αしかいない精鋭学校のような所で、ただ淡々と上を目指せば良い。 敵意を持って邪魔をしてくる人間が居たとしても、圧倒的な力の差を見せつけて黙らせてしまえば、それ以降余計な手出しはしてこない。手のひらを返したように懐く者だって居た。 もちろん頭の良い人間は相手の足を引っ張ることなど時間の無駄だと分かりきっている為、適度な距離感で関係を築いてくる。 渥にとっても大企業や政界の子供達とある程度の接点を作るのは悪いことではなかった。 それがどうだ。 ――この学校に入った途端、煩わしいことばかりで嫌になる。 黒澤渥という名前は、あっという間に広まっていった。 桐根での圧倒的な存在感に加え、すれ違えば頬を染めつつ振り向かざるを得ない容姿。国内外でも有名な製薬会社の跡取り息子ならば、立派な将来を約束されたも同然で。 尚且つ両親ともにαで本人までαという折り紙付きときた。 分かり易過ぎるハイスペックゆえ毎日飽きもせずといった調子で、 αだけでなくβの女達が将来のパートナーになるべくすり寄って来ていた。 『私は週末にモデルとして活動してるの。将来は女優になるつもりよ。事務所も決まっててね』 『黒澤くんの為にお弁当作ってきたよ。私のお家ね、駅前でレストランの経営してるから、私もお料理は得意なんだ。食べてみてくれない?』 『うちのパパは高槻病院の院長をしているわ。ご存知かしら? 今からでも渥くんのお家のお仕事の役に立てると思うんだけれど』 何一つ興味が持てなかった。 愛想良く返事をする必要も無い為、全てにきっぱり「興味ない」と告げた。 渥の発言を受けて入学以来続いていた連日のアピールは段々と落ち着いていったが、皆が皆そう素直なわけもなく、今はそれぞれ一定の距離を保ち牽制し合いながら様子を伺って来る。 外側の情報にだけ釣られる彼女達の浅い思考が手に取るように分かり、どんな誘惑の言葉にも興味が沸かない。 ただ一つだけ。 どうしても反応してしまう単語があった。 『私こう見えて実はΩなの。αの渥くんとならずっと一緒に居られると思う。他の人は、ほら。無理じゃない? あなたのこと初めて見た時に直感で気付いたの。だから、ね? 分かるでしょ?』

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