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12「A」◎

ある朝、登校して教室に足を踏み入れた時のことだ。 一人の女生徒が待ち構えていて、渥が来るや否や堂々とそんな事を言った。 学年でも1、2を争うらしい美人に、クラスメイトの全視線が集まった。 男のものか女のものか。大袈裟ではなく殺気めいた視線さえも感じる狂気の数々。 それは、奇しくも渥が睦人と再会した時と同じような状況だった。 違うのは、渥自身がなんの衝撃も受けなかったことと、肯定して貰えると自信満々な笑顔に寒気を覚えたこと。 断りもなく体に触れようとしてくる女生徒から、寸前で腕を引いた。 『なんのことだがさっぱり分からない。Ωだから? だからなに? ていうかお前、誰? いきなりΩだのなんだのって……目障りだ』 これが良くなかった。 と、今にして思う。 いつもより辛辣に返した言葉は、またしてもあっという間に広まっていった。 『どうやら黒澤渥はΩが嫌いらしい』 隠す必要のない真実が広まってからだ。渥に近付くΩが男女関わらず排除されるようになったのは。 さすがに暴行沙汰などという物騒な話が出た時には、誰がそこまでしろと頼んだと渥なりに少し腹が立ったが、自ら犯人探しををするつもりはなかった。 Ω嫌いは間違いではない。真実だ。 α相手にΩという武器を前面に押し出して近寄って来る者達に、心底嫌気がさしていたのも事実。 だから相手がどうなろうと知ったことではないし、守る義理も無い。冷たいと思われてもかまわない。 そもそもそんな事に尽力を注いでいる暇はないのだ。 渥は学生の身でありながら多忙だった。 祖父が亡くなり、父のものとなった大きくなるばかりの会社という組織をまとめるには、いくら学んでも足りない気がした。 確実にあの会社を引き継がなければならない。 出来れば早く――約束を守らなければ。 気持ちは日々強くなるばかりだった。

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