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17「A」◎

◆ 『なにー? 電話なんかして。今日俺バイトじゃないよね?』 『お前、睦人と幼馴染だって周りに言いふらすなよ』 『あっ! そうそう! それ! なんでリクがこっちに来てること教えてくんなかったの? この前体育館で初めて会ってビックリしたんだけど!』 『言うの忘れてただけだ。それより』 『分かってますー。リクが渥のファンに刺されたりしたら大変だもんね。……渥も可哀想だねえ? 過激な子たちのせいでリクの傍にいられないんだから』 学園内でも睦人にベタベタしている有紀の行動は目にしていた。 有紀繋がりで渥と睦人の関係がバレることも一時は危惧したが、有紀の男女関係に緩いことは周知の事実。相手が女でも男でも同い年でも年上でもバースがなんだろうと、気に入れば誰でも良いというスタンス。二つの意味でやりたい放題だ。 周りからすれば転入生への好奇心からちょっかいを掛けている程度のものと思われているのだろう、と然程気に留めてはいなかった。 『リクは俺のだよ! リクと番になるつもりがないなら…俺だろうと佳威クンだろうとどちらが手にしても構わないなら……渥は手を引いてよ』 が、問題は周りよりも有紀本人のようだった。 明らかに視野が狭くなっている有紀が渥に牽制をかけてきた際には、つい大人気なく返してしまった。 傍に置く。籍を入れるつもりだ、と。 αとΩであれば無理矢理繋げられる番契約などではなく、心が手に入らなければ繋ぐことのできない契約。…もちろん例外もあるが。 理解不能だと言わんばかりの有紀に少しでも意味が伝わることを祈って別れた。 危険な思考も垣間見える有紀ではあったが、いくらなんでも睦人の両親が居る家で無理強いはしないだろう。 心配であれば一緒に泊まれば良かったのだろうが、渥の『あいつが誰と番になろうとも構わない』は本心だった。 睦人が心から望んで番になりたいと思う相手ができたなら、光田だろうと実の弟だろうと番になって幸せになってくれればいい。 そう思っていたのに。 『……俺、ケーイチの話聞いて思ったんだ。俺が頼りないから、隣に並ぶに値しない人間だから、駄目なのかなって…それなら俺もケーイチみたいに勉強、頑張ったりするから。得意じゃないけど頑張るし俺、だから……』 あんなに何度も冷たく突き離した渥に向かって、健気に言葉を紡ぐ姿は見ていられなかった。 伝える予定のない本音が漏れた。 睦人が悪いんじゃない。全部自分の所為だ。 酷い顔を何度もさせてしまっている。こんなにも自分を必要としてくれているなんて思いもしなかった。 だけど、もう無理だ。 昔のような関係には戻れない。 会えば会うほど。顔を合わせ唇を合わせ体を合わせてしまうと、もっと欲しくて堪らなくなる。 Ω嫌いな癖に。傷付けた癖に。睦人だけはこんなにも汚れた目で見てしまう。誰にも渡したくないとどこかで歪んだ思考が顔を出す。 もうあの頃の清らかな親友を語る資格はないのだ。 ……ただ。 ただ、万が一運命である自分と番にならない所為で、睦人がΩを理由に苦しむことがあれば助けてやりたい。 手を差し伸べられる距離に居てやりたい。 睦人と関わる内に、渥はいつしかそんな考えを持つようになった。 もちろん自分との番契約が難しいなら他を探すしかないことは理解しているし、邪魔をするつもりもない。 ――こんなこじらせた面倒臭い俺が睦人の運命の相手だなんて。 幸せにしてくれる筈のαだなんて、お前は本当についてない。 気の毒にすら思う。 だから、せめて……Ωとしての不幸だけは背負わせない。絶対に。 『あつ』 『おはよう、あつ!』 『今日のあつとゆーき2人だけなのか? じゃあ学校おわったらおれんちな!』 『ったく。おまえはほんとプリン大好きなんだから。まあ、まかせろ。いつもように俺が開けてやる』 『渥? 大丈夫か? まさか俺の風邪が移ったんじゃ……嘘つけ! 今日は休めって』 『あー! また渥に負けた! くっそ〜、もう一回だ、もう一回! 今度は負けないからな』 『うー、さむっ。あいつら寒いのによく外で遊べるよなあ。……渥? なんか今日大人しくない?』 渥。渥、と。小さな唇が何度も同じ形を作る。 愛おしいその声が、感情を必死に抑え、擦れた。 『……またな、渥』 ――俺は、お前が俺の名前を呼んでくれる、それだけで幸せだったんだ。 ( side.A end )

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