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そうして暫く尾行を続けた俺の目前に広がったのは、自宅の部屋より広いであろう見覚えのあるエントランス。
体の左側にはエレベーターホールへと続くガラス扉を開ける為のパネルが設置してあり、これはいつぞやに興奮した指紋が鍵代わりにもなる認証システムだ。
「ここかよ……」
声を掛けるタイミングを失い尾行を続けた結果、有紀はコンビニに寄り何かを買った後、自宅のあるマンションへと戻ってきた。
外からエレベーターに乗り込む所まで見届けたところで、体の力が抜けてしまった。
「知ってんのか?」
「有紀の住んでるマンションなんだ、ここ」
「へえ。つまり家に帰って来ただけってことか」
佳威の言葉に頷く。
何かあるのではと尾行してみたものの、ただ帰宅途中の姿を発見しただけだったのか。ってことは見た目には分からずとも本当に具合が悪いってパターンもある。
「……避けられてる俺が様子を見てくるのってまずいと思う?」
ここまで来といて何もせず帰るのも、なんて気持ちもあるし、理由も分からずいつまでも避けられ続けるのは正直きつい。
一応巻き込んでしまっている佳威に尋ねてみると「まずくねぇだろ」と即答。
「つか、もやもやしたままって気持ち悪くなんねえ? 本当に風邪引いてたんなら、それはそれで様子が知れて安心すんだろ。睦人は」
……よくご存知で。
凄いな、佳威は。俺が分かりやすいだけか?
どうしても弟的な感覚が抜けない有紀。
嘘かも知れないと分かりつつ、風邪を引いたと言われるとどんな様子なのかと気になってしまう。
何か理由があるのではとそっとしておくべきなのか。あるいは言葉通りに受け取って、風邪っぴきの様子を見に行ってみるべきなのか。
尾行中ひとしきり様々な方向から悩んでいたが、佳威の言葉に背中を押された気がした。
「顔、見に行ってもいいか?」
「もちろん。その辺で時間潰してるから、ゆっくりして来いよ」
「えっ。いや、それは悪い! どうせ布団買うっていう心底つまんない用事しかなかったんだし、佳威は先に帰っててくれ…!」
「まあ、適当にすっから気にすんな」
「本当に待ってなくて大丈夫だからな!?」
「分かった分かった。いいから、早く行け」
念押しをする俺の顔を見て笑う佳威が、追い払うように手を振る。
ちゃんと帰ってくれるのか心配だがここはもうさくっと顔と様子だけ見て帰ろう、と心に決めてパネルに手を伸ばした。
部屋の番号を押そうとして指が止まる。
「どうした?」
「俺……知らないわ」
有紀の部屋番号。
寮の方なら聞いてもいないのに教えてくれたので覚えているが、マンションの方は渥の下の階にいることしか知らない。
「……ごめん。マジでごめん。やっぱ会わなくていいや。昨日から返事も返って来てないし、帰るよ」
「いいのか?」
「そっとしておいた方がいいっていう神のお告げなんだと思うことにする」
悩んだ時間が無駄だった、と肩を落として帰ろうとした時、人影が視界によぎりエレベーターホールに繋がる自動ドアが開いた。
「!」
「……なにやってんの?」
ギョッとした俺の視線の先には少しだけ驚いた渥の姿。
そして既視感。
渥とこうしてバッタリ会うのは初めてじゃないのに、己のタイミングの悪さに焦って言い訳を探した。
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