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「…はぁ〜……んだよ、クソ」
佳威は力が抜けたのかすとんと床にしゃがみ込んだ。そのまま片手で額を押さえる。
「佳威?…と、わっ」
下から腕を引っ張られて俺も床に膝をつけた。額を抑える手の隙間から佳威がこちらを見つめていた。
「…もう、嘘つくな。そっちのが余計に心配になんだろ…」
「………うん、ごめん」
ゆっくり背中に腕を回されて俺の体は佳威の胸の中に落ちた。
「何もなくてよかった…」
そう耳元で疲れた声が聞こえたが、俺は正直それどころではなかった。
――こ、これ、俺…抱き締められ…てる?
αである佳威に抱き締められたことによって、俺の中のΩが反応した気がした。
ドクンドクンと心臓が強く脈打つ。
矢田に接近された時にも感じたαの匂い。でも矢田以上にそれは強く濃く俺の心を掻き乱す。
もはや、近すぎて佳威の香水の香りなのかαのものなのかどちらかさえ分からない。
だけど、とても心地よくいい香りだった。
俺があまりにも大人しいので、佳威がハッと何かに気付いたように急いで腕を離した。
「っと、わりぃ。またケーイチに、 ベタベタ触るなって文句言われるな。あいつほんとうるせーよな」
「あ、あはは…」
咄嗟に言葉が出ず笑って誤魔化してしまった。佳威はそのまま立ち上がって、俺もそれに合わせて立ち上がる。
離れてしまうと先ほどのドキドキが嘘みたいに消えていった。
何だったんだ…今のは。
「んじゃ、下まで行くわ。また矢田に出くわしても面倒くせえしな」
「あー…そうだな、今日はそうして貰おうかな」
なんだか凄く過保護にされてる気がするが、さっきがさっきなので、ここは素直に甘えておくことにした。
全くビクともしなかった矢田の体つきを思い出して俺は強く心に誓う。
――マジで筋トレしよう。
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