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第5話
そんなことがあってからしばらくは矢田に遭遇することもなく、平穏な日々を過ごしていた。
クラスメイトの顔もだんだん分かるようになってきて、声をかけてくれる人達も増えてきた。
とは言っても俺目当て、というよりかは佳威目当てみたいな感じもしたが、そこはまあ仕方ない。気にしないことにしている。
渥も聞いていたよりは学校に来ているようだった。
話しかけてこそ来ないが、たまに目が合うことがあって、その度にあいつはすぐに目を反らしてしまうのだ。
何度か話し掛けようとしたが、以前言われた言葉に足が止まってしまう。
それに渥の周りにはいつも取り巻きみたいな顔面偏差値の高い女の子達が居て近寄れなかった。
彼女たちは誰か一人突出して自分をアピールすることはせず、みんな牽制し合って傍に居る…そんな感じがした。
「あああー疲れたー!」
隣で佳威が腕を上げる。そのまま肘を持ってグイーッと固まった筋肉を解すように引っ張った。
「分かる。最後ほんと寝るかと思った…」
「睦人かなり首が揺れてたよ」
「えっ!?マジで!?」
「うん、先生何度もこっち見てたもん」
「うわ…やば…」
ケーイチが笑いながら教科書をカバンにしまう。
対して俺も佳威も教科書は教室に置いておく派なので、帰る準備で特にすることは無かった。
教科書はテスト前になったら持って帰る。
なのでいつもカバンは軽いんだ!と言ったときのケーイチの冷たい目を思い出すと今でも身震いがする。
「にしても腹減ったな~、飯でも食いに行くか」
「おっ、いいね!今めっちゃラーメン食いたい気分!」
「それなら学校の近くに美味しいラーメン屋さんがあったよね。あそこ…丸屋!」
「丸屋って、俺いっつも帰るときそこの前通るよ。一度行ってみたかったんだよな~」
「んじゃそこ行こうぜ」
佳威がガタンと席を立った。
俺もケーイチも少し遅れて席を立つと、ふわり…と花のようないい香りが鼻腔を包んだ。
「佳威くん…!」
鈴が鳴るような可愛らしい声が聞こえて、そちらを向くとこれまた可愛らしい女の子が立っていた。
「あ、ミキちゃんだ」
「げ」
ミキちゃんは佳威を目当てに一目散に駆けてきたが、一方の佳威はサッとケーイチを盾にしてミキちゃんの接近を拒んだ。
「え、ちょっと!なに?」
「あいつだよ、矢田の女…!」
「あ~…て、それがなんで佳威に」
「佳威がたぶらかしたんだよ」
困惑しているケーイチにコソッと耳打ちすると、佳威に睨まれてしまった。
ミキちゃんは仕方なくケーイチの前で止まると、上目遣いでケーイチの後ろにいる佳威を見つめた。
近くに寄れば寄るほど花のような甘い香りが漂ってくる。
「佳威くん、ミキね、お話があるの」
実際上目遣いをされているわけではないが、斜め前から見ていてもめちゃくちゃ可愛いことが分かる。
しかしそんなミキちゃんに対して佳威は明らかに面倒くさそうな顔をして手を振った。
あれだ、犬とかによくするシッシッ、だ。
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