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二人の間に不穏な空気が流れる。 見かねたケーイチが俺たちの間に入ってきた。 「やめてよ、佳威。…そんなことより睦人が女の子に引っ張っていかれたって聞いたけど、その子はどこに行ったの?」 「矢田の女だよ。ヒートが始まって矢田が連れて行った」 「ヒートって…やっぱり島山さんだったんだ」 「分かっててこいつを一人にさせたのか?優しい友達だな」 渥がケーイチに向かって冷たく言い放つ。 「渥…!ケーイチにそんな言い方やめろよ…」 思わず言い返してしまった俺を見てケーイチが少し苦い顏をした。 そんな顔をしないで欲しい。 だって勝手に走り出したのは俺だし、ミキちゃんの手を無理矢理に振りほどくことも不可能ではなかったはずだ。 いくら強引だったとしても相手は華奢な女の子。自分のタイプの女の子だったことに気を許してしまっていた。 今更ながらなんと愚かなことか。 ああ、もう恥ずかしい。 「ケーイチ…ごめんな」 「なんで睦人が謝るの。俺たちも島山さんには気を付けるよ。…じゃあ、そろそろ行こっか?睦人歩けるよね?」 「あ、うん」 「睦人」 渥が俺を呼んだ。 振り向くとほんの少し口角の上がった渥と目が合う。 「またな」 「………え」 また。 それはつまりまた俺と会ってくれるってことか?もう話しかけるな、なんて言われないってことなのか。 もう近くにいるのに遠ざけられることはない? 俺はうまく回らない頭で、ただそれだけを考えて、ゆっくりと首を縦に振った。

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