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目が点になっている俺に向かって父親が手を振る。 「実はなあ、今日たまたま駅でものすごい男前を見つけてな?なかなか見ない顔だったからしばらく見てたんだよ。そしたら向こうから手を振ってきてくれるからさ。こんな格好いい知り合い居たかな?て驚いてたら渥くんだったんだよ~」 お酒も入っているし久しぶりの渥に機嫌もいいのか、赤ら顔で話す父親はいつも以上に饒舌だ。 「他人の子は成長が早いって言うけど、ほんとだよな~。あの頃はりっちゃんとも対して変わらなかったのに、今じゃ頭一つ分くらい違うんじゃないか?」 「ほんとよね!顔はどうしようもないけど、身長くらいもう少しあれば良かったのにねえ」 「よ、余計なお世話だよ!」 思わず言い返した俺を見て渥が笑う。 「でも背が高くて得することなんてそんなにないですよ。睦人くらいがちょうどいいんじゃないかな」 両親はまるで俺の背が低いみたいな言い方をするけど、一応170センチは超えてる。正確には171センチ。渥の言う通りもう充分だろ。 「もー!謙遜しちゃって!相変わらずいい子ね~、渥くん。…あっ、そういえば今日プリン買ってきたのよ~!渥くん好きだったわよね?デザートに食べない?」 「ほんとですか?もちろん食べます。…俺が好きなこと覚えててくれたんですね」 「もちろんよー!いっぱい食べてね!新商品とかも出ててたくさん買って来ちゃったの」 母親が嬉しそうに、冷蔵庫から四つも五つも様々な種類のスイーツを出してくる。新商品に弱い母親らしいセレクトだ。 「嬉しいな。睦人も食べなよ」 「……俺はさっき飯食ってきたから」 「そうなんだ。残念」 にこにこと昔のような人懐っこい笑みを浮かべる渥は美味しそうにプリンを食べている。 そういや、こいつ昔からプリン好きだったな。 俺はプラスチック容器から皿に返す作業が好きで、渥がプリンを食べるときは必ずひっくり返す担当だった。思い出すと懐かしさがこみ上げてきたものの、どうしても近付けない。先程から俺はリビングの扉から動けずにいた。 だって。 目の前に居るのは渥でいいんだよな? 明らかにキャラ違うんだけど。 こんな好青年みたいな奴じゃなかっただろ。 なんて言うのがしっくりくるだろう。 例えば昔の…俺が親友として好きだった頃の渥がそのまま大きくなったみたいな、そんな感じ。 正直、脳内は大パニックだった。 あまりに今まで接してきた傍若無人な渥からは想像できない、感じの良い態度に口の端がひくつく。 しかも、だ。 プリンなんていう可愛らしいスイーツを食べてるっていうのに、嫌にさまになる。 動作が綺麗なんだよな。加えてあの顔だろ? 何を食べたらあんな色気のある男前になれるんだ… 遺伝子か、やっぱり。 「亮太さんビール、美味いですか?」 プリンをぱくぱく食べながら渥が父親に話しかけた。渥は昔から俺の両親を下の名前で呼ぶ。昔、母親がおばさんと言われることを嫌がって冗談で「私たちのことは名前で呼んで!」なんて言ったからだ。 元々渥の家は親父さんが不在なことが多く、隣の家だった俺の父親は渥を実の息子のように可愛がっていたし、渥もよく懐いていた。 だからか俺の両親の言うことは素直に従う節があったのだ。

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