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「だ、れの所為だと思ってるんだよ…」
「さあ」
分かっているくせに。
渥が顔を寄せ、唇同士が軽く触れ合った。
「っ、だ…だから、そういうの…!」
「そういうの?」
渥がわざとらしく至近距離で口の端を釣り上げる。
「~~~っキ、キスとかすんなよ!そういうことこそ大切な人にしろ!」
「亮太さんに?おかしいだろ」
「親父にとは言ってないだろ!そうじゃなくて、恋人とか好きなやつとか…なんとも思ってないのに、やめろよ…」
「……へえ」
………あれ…?
俺なに言ってんだ?これじゃまるで…
渥も気付いたのか、薄く目を細めた。ツヤのある妖艶な笑みを浮かべる。
先程まで父親たちと喋っていた時とは打って変わって、ぐっと大人っぽくなる顔付きに目が離せない。
「なんとも思ってない事はないさ。昔の俺を知ってる貴重な“幼馴染”だ」
「…貴重な幼馴染に対する態度じゃないだろ…」
「俺としては最上級に優しくしてるけど」
渥の手が自然な動作で俺の後頭部に伸びてきて、ぐっと引き寄せられた。
体が密着した状態で首筋から項に向けて唇が触れ、驚きに体が震える。
「そ、…っ」
そこは。
突然のことに頭が真っ白になった。
何度か唇が触れた後、項に熱くて柔らかいものが滑る。ゾクリ…と背筋が痺れて、舐められたんだ、と気付いた。
「お前、大丈夫?こんな簡単にここ触られて…繋がれちゃうよ」
耳元で、低く色のある声が響く。
「あ、…」
思わず声が漏れてしまった俺を見て、渥が喉の奥で笑った。
「無防備だねえ?」
「っ…!!」
カッと顔が赤くなったのが分かった。頬が熱い。渾身の力の限り、両腕で目の前の体を押し返すと、予想外に渥はすんなり離れていった。
「う、なじを噛まれたって、性行為の最中じゃないと、番契約は成立しない…んだよ!」
「性行為!さすがのお前でもそれは知ってるだ」
「つ、馬鹿にすんな!」
明らかに馬鹿にしたように吹き出す渥を睨み付けた。
Ωにとって項はとても大切で意味を持つ箇所だ。
αとΩを繋ぐ番契約は、俺が言ったように性行為中にαがΩの項を強く噛みつくことで成立する。
それもΩの発情期間中の性行為だ。
限られた期間でしか行えないことは、病院で図解説付きで説明を受けたのでよく知っていた。いつでもどこでも番になれたらΩだってたまったもんじゃない。
渥が俺から離れて最初に座っていたベッドの方へ腰を落とす。
何をしてくるか分からない危険人物と、物理的に離れられたことに一安心して、俺も態勢を整えた。
いつの間にか涙も止まっていた。
「そういえばお前ヒートはもう経験したのか?」
「…なんだよ、突然。……まだだけど」
「ヒートが始まったら相手してやってもいいけど?」
「え、ええ遠慮する!!!」
全力で首を左右に振ると、渥が猫みたいに目を細めて笑った。
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