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「ん!」
有紀は、俺の言葉にパッと顔を上げて、猫みたいに人懐っこい笑みを浮かべた。
「リク好き~~!」
「あー、はいはい…じゃあ、そろそろ行くぞ」
「はーい」
今度こそ物分りよく返事をした有紀に、呆れ気味に笑った。
ーーー
その夜、俺は懐かしい夢を見た。
転校なんてまだまだ先の、7歳ぐらいの時だ。
場所は渥と有紀が普段暮らしている家だった。
渥の親父さんは一流企業の代表取締役なんていう、肩書きを持つような人だったからそれ相応の立派な家を建てていた。
部屋数なんて俺の家の倍はあるんじゃないかと思うくらい多く、まだ小学生の渥と有紀の部屋も既に一つずつ与えられていた。
同じ会社で働く共働きの渥の両親は不在なことが多く、遊ぶと言ったらもっぱら我が家だったが、隠れんぼをする時だけ隠れる場所の多いこちらの家で遊んでいたのをよく覚えている。
「じゃーんけん、ぽん!」
「あ…」
「アッちゃんが鬼だー!」
アッちゃんなんて懐かしいアダ名で渥を呼ぶ有紀は、まるで天使のような可愛さだった。
パッと見、女の子でも通用するんじゃないかという可憐な雰囲気を纏う有紀は、くりくりしたお人形さんのような目を嬉しそうに細めて、じゃんけんで負けた渥を指差した。
一方の渥は悔しそうに自分の出したチョキを見つめている。
幼さはあるものの渥は渥で目を見張る程の美少年だ。艶のある黒髪を片方だけ耳にかけ、視線を下げたことで長い睫毛が影を作る。
「やっと渥が鬼か!10数えるまで目ぇ開けちゃダメだからな!行くぞっ、ゆうき」
「うん!」
「睦人!部屋のカギしめるのはなしだぞ!」
「わかってるよー!」
見つかるのが嫌で一度カギを閉めて隠れるというズルをしてから、こうして念を押されるようになったのを思い出す。
渥は近くの壁に凭れかかるように片腕で目を覆った。
「いーーーち、にーーーーい…」
カウントを始めたのを確認すると、俺は自分より小さい有紀を引き連れ、音でバレないように忍び足で二階に駆け上がる。
ちなみに俺は、まあ普通の小さい男の子って感じだ。この二人と並ぶから多分際立って劣って見えるだけで、不細工ではない。なんなら小さいってだけでかわいく見えてくる。
「よし、おれはあっちの部屋に隠れるからな。ゆうきも見つからないようにしろよ」
「ぼくもそっちにいく~」
「えっ?」
「だってひとりさみしいんだもん。だめぇ?」
有紀のおねだり攻撃にこの頃の俺は一度たりとも打ち勝てたことが無かった。
「しかたないなあ、もう。じゃあいくぞっ」
「やったあ」
仕方ないので、有紀の小さな手をとって、隠れようと思っていた部屋に飛び込んだ。
「どこにかくれるー?」
「クローゼットのなか、か…ベッドの下か…ベッドの下だ!!」
考えていると、下から「はーーーち、きゅーーーう」というカウントが聞こえて慌ててすぐに隠れられそうだったベッドの下に滑り込んだ。
ちゃんと有紀を先に入れてから自分が入るという兄貴ぶりを発揮する俺。
「もっと奥いけ、ゆうき!」
「はぁーい」
今はもうベッドの下になんて入れないが、この頃はすんなり入れたなあ…なんて懐かしく思う。
「じゅう!」
渥がカウントを終えた声が聞こえて、俺たちはまだ渥が近くに居ないにも関わらず声を潜めた。
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