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下からドアを開けていっている音が聞こえる。
とりあえず一階から攻めているらしく、すぐには二階に上がって来ないみたいだった。
「へへ、探してる探してる~…」
「ねえ、ねえ、リク」
「ん?」
クイッと袖を引っ張られて、横を向くと有紀が可愛い顔でこちらを見ていた。
「リクたちは10才になったら、ばーすけんさ?ってやつするんでしょ?」
「うん、そうそう。それがどーした?」
「あのねっ、アッちゃんにきいたんだけど、男でもアルファとオメガだったらずーーといっしょにいられるんだよね?」
「??…あ。つがいのこと?」
「たぶんそれ!」
あんまりちゃんとは覚えて無かったらしい有紀は、本当にピンときたのか怪しいが目を輝かせた。
「リクはどっちになりたいー?」
「そんなのアルファに決まってるだろ」
「なんで?」
「なんでって…だって、なんかカッコいいじゃん」
小さかった俺はただアルファという響きになんとなく憧れていた気がする。
「じゃあさ、リクがアルファで、もしぼくがオメガだったら、つがいになってずっといっしょにいてくれる?」
「ゆうきがオメガ?…うーん、まあそういうことなら別にいいけど」
まだ番について、詳しく知らなかった7歳の俺だったが、有紀の前で知らないなんて言えなくて知ったかぶりを発揮した。
「やったあ!…たのしみだね、ばーす検査」
「まだまだ先だけどな。…あっ、やばい、渥が来た…っ」
二階に上がってくる足音が聞こえて、俺は慌てて自分と有紀の口を押さえた。
有紀は口を押さえられたことを気にすることなく、横からぎゅーと抱きついてくる。
その時の俺は渥が近付いてきたことにビビって抱き付いてきたんだな、と思っていた。
でも夢の中の有紀は、俺に抱きついたまま可愛い顔でにんまり笑っていた。
実際本当にそんな顔をしていたかは分からない。
これは夢だ。夢のはずだ。
だって俺はこのとき有紀の顔なんて見てないんだから。
でも、
「…みーつけた。て、なんでおまえら一緒にいるの?」
ーーー
「……………あー…」
目が覚めた俺は9歳の時よりだいぶ大きくなった手で顔を覆った。
部屋の中はまだ薄暗い。
再会したばかりの有紀のインパクトが強過ぎて、幼い頃の思い出を見てしまったことに溜息をついた。
『リクは!?リクは、バース検査なんだった??俺はさっきも言ったけどαだよ!』
「…だから、あいつあんなこと聞いてきたのか…」
すっかり忘れていたが、脳はそのことを覚えていたらしい。思い出してしまうと、有紀が再会した途端に性急過ぎる行為に走ったことにも何となく納得がいった。
まあ、納得がいったからと言って安心はできないが。
自分がΩだと分かってから、初めてそういう対象に見られた気がする。
ヒートが来ないのをいいことにΩだということを周りに隠して生きてきた。
そのおかげで世間で言われるような、性差別や事件に巻き込まれるようなことは一度も無かったし、βと変わらず生きてこられた気がする。
前居た高校でも同じクラスにαは居なかったし、αと接する機会なんてほぼ無かった。
それがこの学校に入ってからグンと接する機会が増え、それだけ自分のΩ性を意識することも増えている。
ヒートが始まればもっと意識することになるんだと思うと、少しだけ気が重かった。
「でも…今日…昨日か?昨日はちゃんと拒めた、よな…」
そうだ。
若干流された部分はあったが、最後はちゃんと拒めた。
αを前にしても己を保つことが出来たのは事実だ。
まあ…有紀という知った顔ではあったが、それでも相手はあのα。
まだ経験したことのないヒートをただ呆然と恐れていたが、この調子なら意外と大丈夫かもしれない。
とりあえず有紀にだけはヒートが来ても知られないようにしないと、己の身が危ないということだけは確かだ。
「……ふぁ…あ」
欠伸がでた。
携帯を見るとまだ起きる時間には早い。
それならば、と俺はどんどん重くなる瞼に抵抗することなく、ゆっくりと目を閉じた。
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