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突然の発表に言葉が出ず、顔がミキちゃんの方を向く。ミキちゃんは否定することなく、可愛らしい笑顔で矢田に体を預けていた。 どうやら矢田が勝手に言っているだけでは無さそうだ。 「番…って…??え、マジで?」 「へー!パイセンやるぅ~!ってことはこの子Ωなんだね~、ずいぶん可愛いネ。羨ましい~」 少しワザとらしく喋りながらチラリとこちらを見てくる有紀を無視して、俺はミキちゃんから目が離せないでいた。…てか、この子って。ミキちゃんもお前にとっては先輩だぞ。 「ミキちゃん……あの、佳威、は?」 「…佳威くんがどうかしたの?」 不思議そうな顔で首を傾げるミキちゃんに、え?え?と頭が疑問でいっぱいになる。 「いや…だって、前……」 佳威と付き合いたい、番になりたいって言っていなかっただろうか。わざわざ教室にまで踏み込んで来たのはまだ記憶に新しい。 気になって仕方がないが、既に番契約を完了した矢田の前で言わない方がいいのかもしれない…とそれ以上聞くのを躊躇(ためら)う。 しかし言葉に迷っていた俺の気持ちを察したのか、ミキちゃんが話し出してくれた。 「あの時はね?ヒート前で、きっとどうかしてたんだと思う…もちろん佳威くんは素敵な人だけど、やっぱり私には春行くんしかいないってわかったの!ごめんね、春行くん…」 そう言って潤んだ瞳で矢田を見上げる。矢田も満更でも無さそうにミキちゃんに微笑み返した。 「気の迷いというのは誰しもあるさ。気にしないでくれ、ミキ。こうして番となれたんだ、もう一生離さないよ」 「春行くん…!」 「………」 なんだ、この茶番は。 いや、当人たちは真剣なんだから茶番とか言っちゃダメなんだよな。 胃が重たくなるほどに甘い雰囲気に出てきそうになる文句をグッと堪える。 「いいないいな~!もうあとは結婚して子作りじゃん!うーらーやーまーしーイ」 一方有紀は甘ったるい空気を特に気にした様子も無く興味津々だ。多分一度目の羨ましいとは意味合いの違う、二度目の羨ましいを強調してくる。 「もちろんだ!早く結婚して早く子供を作ろう、ミキ」 「子供だなんて、春行くん気が早いんだから。でも…ミキがんばるねっ」 頑張るねと意気込みながらミキちゃんが、小さな両手の拳をギュッと握り締めた。気合いを入れるみたいなポーズに思わずキュンとしてしまう。 ………キュンて…駄目だ俺…しっかりしろ。 「じゃあまあそういうことだから、佳威にも言っといてくれないか?」 散々ラブラブな様子を見せびらかされたあと、矢田が俺に向き直って言った。 「俺が?なんでだよ。自分で言えばいいだろ」 「この間の件で俺は随分嫌われてしまったようでね、取り合って貰えなかったんだ」 「この間って…」 それはあれのことか。 俺が矢田の部屋に連れて行かれた時のことだろうか。 佳威、そんなに怒ってくれてたのか… 「え?リク、この間ってなに?佳威クンと何かあったの?」

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