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「睦、人……」 「…ごめん…ごめん、なんか…おれ、へんなんだ……」 背中に額を押し付ける。 お腹に回した手に佳威がそっと触れた。 ただそれだけなのに、俺の体はぴくりと反応してしまう。 「睦人、ちょっと腕、離せ」 「う……、いや、だ…」 だって、離したら戻っちゃうだろ? 「……どこにも行かねえから」 「………」 そう言われて、俺はしぶしぶ腕を離した。すると佳威はすぐに体を反転させ、俺に向き直る。 顔を上げると雨が顔に容赦なく当たって目に入り込み、異物感が不快で目を擦ると手を掴まれた。 自分の体温が高いのか佳威の体温が低いのか、掴まれた部分は冷たいのに触れられた瞬間じわりと熱が広がる。不思議な感覚だった。 「やめろ。傷付くぞ」 「佳威……」 笑いもせず怒りもせず、ただ無表情で佳威は俺の手を掴んだままだ。 分からない。もしかしたら怒っているのかも知れない。 俺がこんな変なことをするから。 嫌われたのかも知れない。 「佳威…、…佳威………嫌わないで…」 気付くと口走っていた。 佳威に嫌われることに酷く怯えている自分がいた。何故なのか分からない。ただ俺が理解しようとしていないだけかもしれない。うまく頭が動かないんだ。 どちらにしても今は目の前のαである佳威に拒否される事が、この世で最も恐ろしい事のように感じてしまう。 「………嫌ってねえよ。嫌ってねえから正直に答えろ」 「?」 「お前、Ωなんだろ」 「――…うん」 ここまで来てしまってはもう隠し切れない。 俺は素直に頷いた。 「…なんでβなんて嘘ついたんだ」 「………ごめん。周りに知られるのが怖くて言えなかった…」 「……クソッ」 佳威が苛々したように俺の頭上の幹に拳をぶつけ、ビックリするのと同時に振動が伝わって来て不安が募っていく。 「っ………やっぱり、嫌いになった?俺のこと…」 お腹の奥の何かが存在を主張する。 足りない。何かが足りない。 何かを体が強く欲しているみたいに鼓動が速くなる。 「……だから!嫌いになんて、なるわけねえだろ!つーか、そんな目で見んな。抑えらんなくなるだろ」 「いいよ…」 「は?」 「抑えられなくなっても」 言いながら俺は両手を佳威の首に回す。 「俺、佳威になら………いいよ?」 あぁ、何を言ってるんだ俺は… 今までの人生で言ったことも言われたこともない、まるで誘うような台詞を吐き出す俺に、佳威は突き離す事もせずゆっくりとその体を寄せた。 「…お前…ヒート来てるの、自覚してんのか?」 先程とは違い労わるような動作に、背中が静かに幹に触れる。葉が幾重にも広がる大きな樹木の下に入る事で、幾分か強い雨から体を守ることができた。 「ヒート…?俺、ヒート、きてるのか……?」 そうか。 これが、ヒートなのか。 そう思うと余計に背中が震えた。 ――ついに、来たのか。

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